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断絶の進む都市より地方でのんびり子育てを

平田 去年55歳で初めて父親になったんですけど、駒場に住む僕が豊岡市に引っ越すことにした理由のひとつが、7割が中学受験する環境になってしまったこと。僕は駒場に生まれ育って、ずっと公立の学校だったんですが、いま阪大とか東京藝大で教えてると、中高一貫校の子があまりにも多すぎて、貧困の話とかしてもなかなか伝わりにくい。せめて中学まで公立だと貧乏なヤツとかがいて、実感として理解できるのですが。本当に進学格差が進んでいて、社会の断絶が病巣のように広がっている気がします。

内田 7割も中学受験するんですか。

平田 これって社会を運営していくうえでキツいと思いますよ、普通に育てられない。アメリカも公立が厳しくなって、富裕層は安全で学費の高い学校に行かせていますが、東京では少子化でその傾向がますますひどくなっています。断絶の進む都市より、地方で普通にのんびり育てたほうがいいと僕は思っています。あと、豊岡市ではいま市内39の小中学校全部で演劇教育を行なっているんです。

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©鈴木七絵/文藝春秋

行政を動かすコツとは?

内田 それは平田さんが仕掛けて?

平田 はい。僕が全部カリキュラムを決めて3年かけて先生方の研修をして、いまは全員演劇指導ができるようになってる。日本の先生はけっこう優秀なので、やれるんです。但馬地区って人口が15万人ぐらい、豊岡は8万人ぐらいですが、自分から希望を出さなければ但馬の先生方って異動が但馬圏内だけ。だから、いい先生を育てても神戸に取られたりしなくて、育てがいがあります。人口8万人の都市だと子供の数がだいたい1学年700~800人。このくらいの規模だと、たとえば豊岡の子たちは小学校2年生で僕の演劇を観たり、4年生は生のオーケストラ聴いたり、6年生は狂言を生で観たりと、ひとつの劇場でちょうど回せるんです。だから、割り切れば地方のほうが潤沢に文化施策ができるんですよ。多額のお金をかけなくても機動力のある政策が打てる。

内田 しかし平田さんはほんとに偉いです。行政を動かすことが平田さんみたいに上手な人って見たことないです(笑)。

平田 僕、よく若手の演劇人とかに、「行政とつき合って疲れませんか?」「嫌な思いしませんか?」と言われるんですけど、私たち演出家は女優という最もワガママな人たちに言うこときいてもらわなきゃいけない(笑)。「右向け」って言ったから向いてくれるわけじゃなくて、信頼してもらって向かせるのが仕事。だから、僕は若手の演出家たちに、「俳優という最もたいへんな生きものを扱ってるんだから、行政ごときを扱えないでどうする」と言っていますね。

内田 (笑)。 

サプライズゲスト登場の#2に続く

内田樹
1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士過程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『ためらいの倫理学』『寝ながら学べる構造主義』『下流志向』『レヴィナスと愛の現象学』『ローカリズム宣言』など著書多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞を受賞。

平田オリザ
1962年東京生まれ。劇作家、演出家。こまばアゴラ劇場芸術総監督、劇団「青年団」主宰。
城崎国際アートセンター芸術監督、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授。1995年『東京ノート』で岸田國士戯曲賞受賞。2011年仏国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。全国自治体との関わりも多岐にわたり、豊岡市文化政策担当参与、岡山県奈義町教育・文化のまちづくり監もつとめる。

人口減少社会の未来学

内田 樹,池田清彦,井上智洋,小田嶋隆,姜尚中,隈研吾,高橋博之,平川克美,平田オリザ,ブレイディみかこ,藻谷浩介(著)

文藝春秋
2018年4月27日 発売

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