じゃあ、暗記しなくていい歴史講義をやってみよう。それが東大教養学部での講義のメイン・コンセプトになりました。そのためには、「歴史の転換点」、「時代の動き方」にポイントを置いて語ってみようと思ったのです。

 受験用の「日本史」だと、歴史とは、すでに起こったことで、過去は変わりようがない、というイメージではないでしょうか。だから教科書に書いてあることを覚えるだけ、となってしまう。

 しかし、歴史研究者である私が日々取り組んでいる「日本史」は、そんなおとなしいもの、言い換えれば静的なものではありません。もちろん史実は動きません。織田信長は本能寺で死んでいますし、徳川家康は関ヶ原で勝利を収め、ペリーは黒船でやってきます。しかし、そうした史実をどう意味づけるのかは、いまなお揺れ動いています。教科書の記述だって、実はどんどん変わっているのです。

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本郷和人さん

 史実をどのように説得力をもって位置付けるか。そこで重要なのは「歴史像」です。時代がどう変わっていくのか、なぜ変わったのかといった問いに答えるには、この国の歴史、さらには私たちの社会についての見取り図が必要です。その見取り図、すなわち「歴史像」を自分なりにつくっていく作業は、けっして歴史研究者だけではなく、誰にも参加できる知的訓練であり、楽しみではないか。そんな「歴史を考える」きっかけになるような授業にしたいと思いました。

 本書は、東大での講義の内容をもとに、新たに語り起こしたものです。今回、お話ししているうちにどんどん話が発展(脱線?)したり、自分でもあらためて考えたりすることも多くあって、かなり内容が膨らんでいます。史実を材料に、論理を組み立て、自分なりの歴史像をつくってみる。そんな楽しさを感じてもらえれば嬉しいです。

(『東大生に教える日本史』開講の辞 より)

東大生に教える日本史 (文春新書)

本郷 和人

文藝春秋

2025年2月20日 発売

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