弱冠20歳で松本清張賞を受賞した阿部智里のデビュー作、『烏に単は似合わない』を読んだときは仰天した。なにしろ、鳥形に変身できる人々(八咫烏の一族)が統べる異世界(山内)を舞台にした王朝ファンタジーですからね。とても清張賞とは思えないぶっ飛びぶり。若宮(次の金烏となる、宗家のプリンス)のお后選びに集められた4人の娘たちを軸に、にぎやかなガールズトークを交えて、1年余にわたるスリリングな宮廷陰謀劇が語られる。背景にあるのは、宗家のお家騒動。若宮の兄・長束を後継者に推す一派が策動し、若宮派の貴族と対立する。このあたりは時代小説ノリですが、後半にはあっと驚くどんでん返しがあって、ミステリとしても非常によくできている。

 続編の『烏は主を選ばない』を読んで、もう一度びっくり。なんと、その1年余の間、前作にまるで姿を見せなかった若宮がいったいどこでなにをしていたかの物語だったのである。『似合わない』と『選ばない』はもともと1冊だったのを分割したんだそうですが(海堂尊の『ナイチンゲールの沈黙』と『ジェネラル・ルージュの凱旋』みたいな感じ)、『選ばない』のほうに出てくる若宮と雪哉の主従が、またじつに魅力的。

 しかし、シリーズ全体にとって、この2冊はいわば前日譚だったらしい。第3作『黄金の烏』に至って、この世界全体の存亡に関わる大事件が発生。異世界から侵入したとおぼしき獰猛な大猿が辺境の村を襲い、八咫烏を食い殺す。たまたま現場近くにいた若宮と雪哉は、事件の原因を探るうち、世界の根幹をなす秘密へと迫ってゆく。

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 ……と前置きが長くなったが、本書『空棺の烏』は、それに続くシリーズ第4弾。全寮制の男子校・勁草院(金烏の一族を警護する精鋭集団・山内衆の養成機関)という閉鎖環境が舞台になるため、前半はわりあい1作目と雰囲気が近い。ギムナジウムものというか、〈ハリー・ポッター〉のホグワーツ魔法魔術学校風というか、集団内でのサバイバルとマウンティングが物語の焦点になってくる。もっとも、勁草院に集められているのは、15歳から17歳の少年たちなので、ガールズ・ファンタジーだった1作目に対し、こちらはボーイズ・ファンタジーか。日々の生活は、ポリスアカデミーと新兵訓練の中間くらいの厳しさですね。

 今回の主役は、ある目的を持って乗り込んできたシリーズキャラクターの雪哉はじめ、勁草院に入学した新入生たち。田舎育ちで庶民階級出身の山烏、茂丸。あらゆる武術で天才的な腕をみせる千早。若宮の母の実家である西家の御曹司・明留(第1作に登場した西家の姫、真赭の薄の弟)。彼ら個性豊かな少年たちの友情と成長を軸に、苛酷なサバイバルと冒険が描かれる。

 若宮の兄・長束の即位をなおもあきらめない南家の御曹司・公近のグループとの激しい対立、貴族階級出身の宮烏と庶民階級出身の山烏の身分格差、教授陣の理不尽なえこひいき。若宮の即位が延期されるという予想外の事態に、情勢はさらに緊迫する。若宮ははたして真の金烏なのか?

 とはいえ、実際の読みどころは、盤上訓練(実戦を模した一種の戦争ゲーム)でのスリリングな駆け引きや意表をつく作戦など、日々の学校生活のディテール。〈ハリー・ポッター〉の架空球技クィディッチ以上の迫力で、丁々発止の戦いが活写される。このへんの面白さで小説をひっぱりながら、金烏の継承をめぐる大きな物語をからめていく手腕は堂々たるもの。〈八咫烏〉シリーズはいよいよ本書から後半にさしかかったらしい。最初の2冊は文庫化されているので、まだ烏の魅力を知らない人は、この機会にまとめてぜひ。

空棺の烏

阿部 智里(著)

文藝春秋
2015年7月29日 発売

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