薩摩藩の倒幕資金はどこから?

 ところが二十年以上前のことでしょうか、文藝春秋の何人かの編集者が一升か二升かを提げて遊びに来て、三升ぐらい飲んで話をしているうちに、『潮音』で書いた富山の薬売りが絡んだ薩摩藩の密貿易の話をなんとはなしに話したんです。で、僕がどこからそれを仕入れたのかっていうと、テレビの歴史ドキュメンタリー番組でたまたま見たんです。

 薩摩藩が幕府を倒せたのは、大量の武器・弾薬を持っていたからだ。そのための資金は、幕府の鎖国政策の目を盗んだ清国との密貿易で蓄えた。そして、その密貿易に一役買ったのが、富山の薬売りと廻船問屋だった――というストーリーでした。

 そのときは真偽もよくわからないし、「面白い話があるもんやなあ」と感心したぐらいでした。で、その後に文春の編集者が来たから、酒飲み話のつもりで話しただけなんです(笑)。

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 ところが、次に来た時は、編集者たちの目の色が変わってました。「こないだの薬売りの話、ぜひとも小説にしてくれ」という。

「俺は歴史小説はあかんねん。書かないんだ」といくら言っても納得してくれへん。僕が嫌だろうがなんだろうが、力尽くでも書かすというような言い方なんですね。

幕末の北海道(蝦夷地)、富山、薩摩、中国(清)は、「海の路」でつながれていた

 ――編集者とスッポンはいちど喰いついたら離れませんからねえ。

 宮本 あなたもそのときの編集者の一人ですよ(笑)。

 それで僕は昭和二十二年生まれの人間ですので、まだ、富山の薬売りさんを身近で見て知っているんですね。大阪で暮らしてましたけれど、富山の売薬さんが寅さんみたいな大きなトランクを提げて年に二回ぐらい家に訪ねてきては、それまで使ったぶんの薬代をもらい、使った薬を補充して帰っていきました。だから、「こんな商売をやってる人たちがいるんだなあ」って、子供心に覚えていたんですけど、「それを書くの?」と。でも、「まったく知らないものでもないしなあ」と気持ちがちょっと動いたんです。

©北日本新聞社 上田友香撮影

「有名な人間のことは書かなきゃいいんだ」

 で、「もしも書けなくなったら途中でやめるからね」と編集者に宣言してようやく腰をあげることにした。それで、「じゃあとにかく富山の売薬について俺が知りたいことを全部箇条書きにするから、君たちが調べてくれ」と頼んだんです。たとえば、「先用後利のビジネスのシステムはどうやって始まったのか」とか、「売薬さんが行商の旅で泊まる宿はどんな風だったのか、宿代はいくらだったのか」とか、思いつく限りの質問を挙げました。嫌がらせも兼ねてね(笑)。「こんなもん調べられまへん!」って編集者が音をあげるような質問も入れておこうというね。なにしろこっちは上手いこと逃げようと思ってますからね。ところが、全部きっちり調べてきやがったんです。「ちぇっ、どこで調べやがったのかなあ」と舌打ちをしましたよ(笑)。

 で、そうしているうちに、なにか面白くなってきたんですね。なにも坂本龍馬だけが幕末を動かしたわけじゃなし、高杉晋作だけが長州を動かしたわけじゃなし、近藤勇だけが新撰組じゃあるまいし。「そんな有名な人間のことは書かなきゃいいんだ」と肚をくくったんです。で、「富山の薬売りたちだけで小説を動かしていくんだ」と心に決めた。「それなら書けるかなあ。ちょっとやってみようか」っていうことで書き出したのが、十年前のことなんですね。

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