宮本輝氏初の歴史大河小説『潮音』の刊行が1月から始まった。小説の主要な舞台となる富山市で1月25日に開かれた、北日本新聞社主催のトークライブのダイジェスト後編をお送りする。
(聞き手=武藤旬・文藝春秋第一文藝部長)(全2回の2回目/最初から読む)
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主人公の出身地をどうやって決めたか
――富山にも何度も取材に行っていただきました。その際にもっとも印象的だった場所を教えていただけますでしょうか。
宮本 やっぱり主人公の川上弥一が生まれ育った越中の町ですかねえ。
弥一は幕末の薩摩藩を担当する売薬行商人でした。薩摩藩は徹底的に浄土真宗の門徒を嫌ったんですが、富山は浄土真宗の門徒がとても多い土地です。「富山から来ました」というと、薩摩に入れてもらえない。
この経緯は豊臣秀吉の時代に遡るんです。秀吉の九州平定のとき、真宗の坊さんたちが豊臣軍に加担をした結果、島津軍は大敗北を喫したんです。その頃の坊さんは武装した僧兵ですからね。それ以来、浄土真宗は薩摩藩の不倶戴天の敵となり、島原とか天草のキリシタンと同じ扱い。あるいはもっと過酷な弾圧を受けていたんですね。
ところで越中の中でも八尾は例外的に真宗門徒の少ない土地です。だから「富山ではなく八尾から来ました」と言えば、売薬人はお目こぼしで薩摩に入ることができた。だから、弥一は八尾の人間なんだ、ということにする必要があったんですね。
八尾出身の川上弥一を主人公にするのに、八尾を書かないわけには行かないから取材に行ったんです。富山市中心部から八尾町までは、いま車ではすぐですけどもね、昔、歩いたら相当な時間がかかったと思う。その道のりを僕も実際に行ったり来たりして、もうついでやから飛騨のほうに行ってしまえ! みたいな。そうしたら、八尾の町からさらに南に下ったところに、なんか小さな集落がありましてねえ。清流が流れていて良い風情なんですよ。「あ。ここに弥一の隠居所でも作ろうかなあ」みたいな(笑)。そうやってちょっとずつ、ちょっとずつ、舞台設定ができていったんですね。