細谷正充の2024年歴史時代小説収穫10冊
『香子 紫式部物語』全5巻 帚木蓬生(PHP研究所)
『惣十郎浮世始末』 木内昇(中央公論新社)
『赫夜』澤田瞳子 (光文社)
『火輪の翼』 千葉ともこ(文藝春秋)
『了巷説百物語』 京極夏彦(KADOKAWA)
『海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』 吉森大祐(中央公論新社)
『帝国妖人伝』 伊吹亜門(小学館)
『ソコレの最終便』 野上大樹(ホーム社)
『檜垣澤家の炎上』 永嶋恵美(新潮文庫)
※文章登場順
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歴史時代小説にとって収穫の多い年となった
今年も歴史時代小説の収穫が多い。まず挙げたいのが、帚木蓬生の全5巻の大作『香子 紫式部物語』である。『源氏物語』の作者の紫式部を主人公にした作品は少なからずあるが、本書には独自の工夫が施されている。紫式部の生涯の中に、『源氏物語』を丸ごと入れているのだ。だからこれほどの長さになったのである。現実とフィクションを、ガッチリと融合させた渾身の作品だ。今年のNHK大河ドラマ『光る君へ』を見て『源氏物語』に興味を持ったが、ハードルが高くて手を出せないという人は、本書を読むといいだろう。
木内昇の『惣十郎浮世始末』は、北町奉行所定町廻同心の服部惣十郎を主人公にした、作者初の捕物帳である。複雑な性格を持ち、独自の視点で真相に迫る惣十郎の名探偵ぶりが楽しい。その惣十郎を始め、彼の周囲の人々や、事件の犯人たちの人間像も、深く掘り下げられている。浮世(憂世)を生きる江戸の人々を堪能できた。
澤田瞳子の『赫夜』は、平安時代の富士山の大噴火を題材に、天災に遭遇した人々の人生を見つめている。国司になった主に従い駿河にやってきた家人の鷹取、土地の住人、官牧の人々、足柄山の遊女たち……。極限状態での人間ドラマが圧巻だ。また、坂上田村麻呂の蝦夷征伐を絡めて、ストーリーを豊かにしている点も見逃せない。身分の低い主人公の鷹取が、自分たちがちっぽけな存在だと理解しながら、それでも生きていかねばならないと思うラストには胸が熱くなった。
千葉ともこの『火輪の翼』は、デビュー作『震雷の人』から始まる“安史の乱”3部作の完結篇。主人公が力士を目指す娘というのに驚いたが、よく考えたら前2作でも女性が躍動していた。ここに作者の狙いのひとつがある。波乱に富んだストーリーと、その中から浮かび上がる主人公たちの想いも、見事に描き切っている。中国歴史小説の新たな書き手として、おおいに注目したい。
京極夏彦の『了巷説百物語』は、作者が愛する「妖怪」と「必殺」を組み合わせた、シリーズの完結篇。老中首座・水野忠邦の改革を巡り、ラストを飾るに相応しいドラマが描かれている。御行の又市を始めとする、お馴染みの面々と、これでお別れかと思えば寂しい。でも、きちんと完結してよかった。なお作者は今年、本書の他にも、『狐花 葉不見冥府路行』『病葉草紙』を刊行。京極時代小説のファンにとっては、嬉しい年となった。