大矢博子の2024年歴史時代小説収穫10冊
『のち更に咲く』澤田瞳子(新潮社)
『海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』上田早夕里(文藝春秋)
『佐渡絢爛』赤神諒(徳間書店)
『きらん風月』永井紗耶子(講談社)
『月のうらがわ』麻宮好(祥伝社)
『惣十郎浮世始末』木内昇(中央公論新社)
『万両役者の扇』蝉谷めぐ実(新潮社)
『帝国妖人伝』伊吹亜門(小学館)
『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)
※文章登場順
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平安から近代まで活況を呈する時代小説
時代順に行こう。まずは平安時代から澤田瞳子『のち更に咲く』を。藤原道長邸で働く下臈女房の目を通して当時のさまざまな女性たちの姿が描かれる。道長の嫡妻である倫子をはじめ、紫式部や和泉式部といった実在の人物から、下働きや盗賊に至るまで、自らの力で人生を切り開くことができなかった当時の女性たちの戦いと矜持が浮かび上がるのだ。
同時に、盗賊の正体を巡る時代ミステリーとしても秀逸。『源氏物語』とのつながりもあり、大河ドラマ『光る君へ』のファンには特にお薦めだ。
鎌倉時代からは、元寇を描いた今村翔吾『海を破る者』を挙げる。伊予の河野家を継いだ河野通有は弘安の役で〈河野の後築地〉と呼ばれる活躍を見せたが、彼のそばには人買いから買い受けたふたりの異国人がいた、という設定だ。
ここに描かれるのは、人が自分と異なるものを排除しようとする意識と、それが生み出す悲劇である。人と人を分断するものは何なのか。大きなテーマを孕んだ渾身の一作だ。
室町時代からは上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』を。播磨に暮らす法師陰陽師の兄弟がもののけと戦うシリーズ第二弾だが、陰陽師といえば平安京というイメージを覆す設定がまず興味深い。さらに地方の庶民たちの暮らしが描かれるのも本シリーズの特徴だ。この第二弾では特に、播磨や備中という舞台ならではの当時の産業に焦点が当たる。産業の発展が自然を壊していく、それまでの生活を脅かしていくという過程をこんな視点から描いた小説は初めてではないだろうか。
続いて江戸時代から五冊。歴史に材をとったものとして、まずは赤神諒『佐渡絢爛』。往年の産出量に翳りを見せ始めた佐渡金銀山を舞台に、落盤事故の謎や殺し、盗みといった事件を佐渡奉行の広間役が解き明かす。フィクションであるミステリー部分と当時の金銀山に絡む史実の融合のさせ方が見事だ。殺しや盗みの背景にあったものが、金銀山の問題とその後の展開に鮮やかにつながる。だからこの人物を配置したのかと膝を打った。