末國善巳の2024年歴史時代小説収穫10冊

末國善己(すえくに・よしみ)
1968(昭和43)年、広島県生れ。明治大学卒、専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説、ミステリーを中心に、幅広く文芸評論を執筆。全集やアンソロジーの編著も数多く手がける。日本推理作家協会会員。

海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『雪渡の黒つぐみ』桜井真城(講談社)
『佐渡絢爛』赤神諒(徳間書店)
『万両役者の扇』蝉谷めぐ実(新潮社)
『緋あざみ舞う』志川節子(文藝春秋)
『惣十郎浮世始末』木内昇(中央公論新社)
『愚か者の石』河﨑秋子(小学館)
『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』吉森大祐(中央公論新社)
『二月二十六日のサクリファイス』谷津矢車(PHP研究所)
『ソコレの最終便』野上大樹(ホーム社)
※文章登場順

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現代社会が抱える問題も時代小説にはヒントがある

 2024年は元寇(最初の文永の役)から750年だった。今村翔吾『海を破る者』は、この元寇を題材にしている。今村は活劇が連続する派手な歴史小説を得意としているが、本書は承久の乱と内紛で没落した河野家を継いだ六郎が、なぜ人は争うのかを考える内省的なパートも多い。六郎は、巨大帝国の元が小国の日本を攻める理由を考えるが、これはロシアによるウクライナ侵攻と重なるだけに、本書のテーマは考えさせられる。

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 桜井真城『雪渡の黒つぐみ』は、今後が楽しみな新人のデビュー作である。主人公は、南部藩の間者で声真似が得意技の望月家に生まれた17歳の景信である。凄腕ながら間者が活躍できそうにない太平の世に不安を抱き、乱世を知る上司のパワハラを受けている景信には、若い読者は共感が大きいだろう。物語は、景信と伊達家の間者・黒脛巾組との暗闘を軸にしているが、史実を巧みに虚構の中に織り込む手腕も鮮やかだった。

 赤神諒『佐渡絢爛』は、佐渡金銀山で現場に能面が残された怪事件が相次ぎ、それを新任の佐渡奉行・荻原重秀に先行して来島した間瀬吉大夫と、振矩(測量)師・勘兵衛の弟子の静野与右衛門が追うミステリーである。全国から人が集まり賑わった佐渡金銀山だが、産出量が減り衰退していた。それを、役人の意識を変えようとする重秀が上から、金銀山を再生するため難しい土木工事に挑む与右衛門が下から改革しようとする展開は、地方再生のヒントになるように思えた。

 蝉谷めぐ実『万両役者の扇』は、森田座の今村扇五郎に魅了された人たちを連作形式で描いている。扇五郎贔屓の娘が現代と変わらない推し活を繰り広げる第一話はユーモラスだが、第二話以降は、芸のためなら常識も倫理も無視する扇五郎の執念と、それに飲み込まれた人たちが織り成すグロテスクな世界になる。本書は、放つ光で自らを焼くことも厭わない天才と、少しでも光ろうと懸命に働く凡人を対比しており、読者はどちらが幸福かを考えてしまうのではないか。

 志川節子『緋あざみ舞う』は、船宿を営むお路とお律、視力を失い師匠の家に住み込み三味線の修業をしているお夕の三姉妹を主人公にしている。裏で盗賊をしているお路、お律が綱十郎一味と組んで狙った商家に押し入るサスペンスの中に、お律と武家の三男・小五郎の身分違いの恋の行方、姉妹とその関係者が紡ぎ出す人情などが織り込まれていて、市井ものとしても楽しめる。中盤以降は、姉妹による父の仇討ちが描かれ、それには巨大な陰謀もからむだけに、先の読めないスリリングな物語が楽しめる。

志川節子『緋あざみ舞う』