1979年に引退表明したが…

 話によると、藤の父は流しの浪曲師、目が不自由な母は相方の三味線弾きだった。村から村、町から町へ渡り歩いたいわゆる「ドサ回り」である。借家暮らしで紙芝居もしていたが、やがて旭川に移住。でも生活は相変わらず貧しく、アパートは雨が降るとひどい雨漏りがしたという。

 両親は仕事が入ると、何日もアパートを空けて帰ってこなかった。一家はご飯に醤油をかけて食べる日々。水道代にも困っていたのだろう、冬は下駄で川の氷を割っておしめを洗った。真冬には零下41度と日本の最低気温を記録した旭川。猛吹雪に、あばら屋も吹き飛ばされそうになったにちがいない。

 やはり少女のころから不幸の影がちらつく。いとこによると、昔の貧乏生活が藤の脳裏にときおりフラッシュバックしたのではないか、という。

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 藤は1979年に引退表明して渡米するが、2年後に復帰。一時芸名を「藤圭似子」とした。「似」とは、何に似ようとしたのだろう。真相は藤にしか分からない。

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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】

▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)

▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)

▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)

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