「歩くのがやっとなんです」――亡くなる前年、取材陣にそう答えた大原麗子さん。「男はつらいよ」「居酒屋兆治」など数々の名作に出演した、彼女が62歳で孤独死した理由とは? 朝日新聞編集委員で、昨年10月に亡くなった小泉信一氏の『スターの臨終』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

2009年、62歳で亡くなった大原麗子さん ©時事通信社

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62歳の孤独死

 寅さんの恋は純粋である。美しいマドンナが目の前に現れても、指一本触れなかった。

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「そこが渡世人のつれぇところよ」。そう粋がって、四角いトランクを手に旅の空──。だが、この女性の前では、さすがの寅さんも心が乱れに乱れた。第22作「噂の寅次郎」(1978年)の早苗。そして第34作「寅次郎真実一路」(1984年)のふじ子。麗しい容姿に罪深いほどの色っぽさ、そして甘くハスキーな声。無意識に男の気を惹くような小悪魔的な雰囲気をまとっていた。

 いずれの役も演じたのは大原麗子。運命のいたずらか、単なる偶然か、第22作の時は俳優・渡瀬恒彦(1944-2017)と、第34作の時は歌手・森進一と離婚した直後だった。そう知りながら映画をもう一度見ると、沈鬱な表情が実にリアルに迫ってくる。

 落語界きっての寅さんマニアの立川志らくが、寅さんシリーズのマドンナの中で「一番輝いていて美しい」と絶賛したのが大原である。また、ビデオリサーチによる「テレビタレントイメージ調査」では、通算13回も人気タレントランキング女性タレント部門1位に選ばれた。

 大原のキャラクターを確立させたのが、1977年から10年間続いたサントリーレッドのCM「すこし愛して、なが~く愛して。」シリーズだ。おちゃめで勝ち気だけど可愛い。あんな女性がそばにいたらなあ、などと鼻の下を長くしたオジサンたちも多かったに違いない

 しかし、そんな彼女の最期は悲しいものだった。2009年8月6日、東京・世田谷の自宅で冷たくなっているのを、実弟と成城警察の署員が見つけたという。

 62歳の孤独死である。