寅さんがマドンナと出会えたのは、稼業がテキヤだったがゆえ。テキヤ経験のある研究者、廣末登氏がその稼業の虚実を語る。

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テキヤとヤクザは稼業が違う

 寅さんは、テキヤで一本の稼業人(親分を持たない旅人(たびにん))である。全国を旅し、「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。私、生まれも育ちも関東、葛飾柴又です。渡世上故あって、親、一家持ちません。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」などと、土地の同業者にアイツキ(つきあいの転倒語)し、祭りの一角にコロビ(地面にゴザなどを敷き、商品を並べて売る)の商売を許されている。アイツキと返答ができてはじめて一人前とみなされる。粗相があれば、ゴロ(喧嘩)になりかねない、緊張の場面でもあった。

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廣末登(ひろすえのぼる)1970年、福岡県生まれ。社会学者。専門は犯罪社会学。龍谷大学矯正・保護総合センター嘱託研究員、保護司。著書に『テキヤの掟』、『闇バイト』など。

 しばしば混同されるが、テキヤとヤクザは稼業が違う。暴力団は博徒で縄張り争いをするが、テキヤは商売人。(ニワ)()を巡り抗争などすれば商売ができなくなる。

 祭り当日。寅さんのタンカバイ(啖呵売。バイは商売)は、見せ場のひとつだ。

「色即是空、空即是色。ひとは全部、死ねば骸骨になる。たとえばこのキレイなお嬢さん。このお嬢さんだって死ねばこの骸骨のようになってしまう。それを承知で世間の馬鹿な男どもはこの娘さんに惚れるんだよ。告白しますとね、私も今まで数々の色の道では苦しんでまいりました。いやお兄さん笑っているけどもね、あ、あなたは近々結婚したいという女性がいるでしょう? いや、います。(略)当たるもはっけ、当たらぬもはっけというじゃないか。ちょっと手に取ってみて」

 と、売るのは易断本(暦)。ほかに古本、スカーフ、瀬戸物、鞄、ぬいぐるみと多種多様。巧みな口上でありきたりな品物を売っていくのだ。

 もっとも、寅さんのように旅するテキヤは現実には多くない。テキヤといえば、祭りでお馴染みのたこ焼きや焼き鳥の屋台(サンズン。三尺三寸のサイズの組み立て売台)を想像するだろう。