このフィクサー役を、日本の名バイプレイヤー・井上肇が全編ベトナム語で演じていたのには驚いた。朴訥な話し方と堂々とした佇まいは、まるで本物のベトナム人フィクサーのようだった。『侍タイムスリッパー』に続き、今後の活躍がますます期待される。

単身ベトナムに滞在して撮影に参加した井上肇のベトナム語も見どころ

「普通と違う」ことへの違和感や嫌悪感

 ところで、ミス・インターナショナル・クイーンといえば、日本のトランスジェンダータレント・はるな愛が、2009年にタイで行われた同大会で世界第1位 に輝き、当時大きな話題を巻き起こしたことを覚えている人もいるだろう。

 彼女はタレントとしての好感度も高く、一時期はテレビでその活躍を見ない日がないほど、人気を博していた。

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 しかし、100%好意的に受けとめる人ばかりではなかったのではないだろうか。

 日本では、長年「人と違う」ことが「悪」だとされてきた。

 いまでこそ「LGBTQ+」という概念が広く普及し、毎年、東京の代々木で行われる「Pride Parade(プライドパレード)」は、年々参加者が増加。2024年は約15000人が参加する 盛り上がりとなっている。

 それでもなお、「普通と違う」ことに違和感や嫌悪感を抱く人がいなくなったわけでは、決してない。

 ましてや、今から約30年近くも昔、1998年のベトナムとくれば、まだまだ差別的な思考や保守的な考えが根強く残っていたはずだ。

ナムと「結婚」しても、“女性”になれないサンの心は晴れない

 それを示す象徴的なシーンがある。映画の序盤、ナムが仕事帰りのサンを迎えに行き、屋台で仲良く遅い夕食を食べていると、通りがかりの男が「こいつ、女じゃなくてホモ野郎だぜ」とからかう場面だ。

 性的マイノリティへの無理解と差別意識が凝縮して表現されていて、見ていて非常に不愉快な描写だが、当時はこれが当たり前だった。

 ボクシングの試合に勝ち、チャンピオンになったナムは、サンに「結婚しよう」とプロポーズ。ナムの祖母と友人らに見守られて、ささやかな結婚式を挙げるが、それでも“女性”になれないサンの心が晴れることはない。

 結婚後、夜の仕事をやめてほしいと言うナムに

「手術代は高いの。ナムには稼げない」

 とつい声を荒らげてしまうシーンは、見ていて切ない。

夜の街で手術費用を稼ぐサン