『第三夫人と髪飾り』(2018年)で衝撃的な映画監督デビューを果たしたアッシュ・メイフェア監督の最新作『その花は夜に咲く』が公開された。

 最新作は、トランスジェンダーがテーマ。ベトナムでは長年タブーとされてきたテーマにメイフェア監督が挑んだ。

 

ナイトクラブで歌いながら性適合手術費用を稼ぐ

 デビュー作『第三夫人と髪飾り』は、19世紀のベトナムを舞台に、世継ぎを産むために大富豪のもとへ第3夫人として嫁いだ14歳の少女を描いた作品だった。一夫多妻のテーマはもとより、その官能的な描写で、公開されると大きな物議を醸し出したが、本作でメイフェア監督は、さらなる飛躍を目指した。

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 舞台は1998年のサイゴン(現ホーチミン)。

 トランスジェンダーのサン(チャン・クアン)は、恋人であるボクサーのナム(ヴォー・ディエン・ザー・フイ)と、都会の片隅でつつましく暮らしていた。

 望まぬ性に生まれたサンは、性適合手術を希望し、ナイトクラブで歌いながら手術費用を稼いでいる。

 手術費用は高額で、日々のホルモン治療にもお金がかかる。なかなか手術費用を捻出できないことに、ストレスを抱えながら暮らしていた。

仲のいい恋人同士のサン(右)とナム

サン役は本作でスクリーンデビュー

 主人公のサンを演じたのは、自身もトランスジェンダーであるチャン・クアンだ。演技未経験ながら、1人の男性を愛するサンを、全身全霊で演じている。

 クアンは、ミス・インターナショナル・クイーン2023ベトナム大会で、トップ10に選出され、ベストフェイス賞も受賞している“美人”である。

 ナムがサンに「俺には、おまえは完璧な女だよ」と言うシーンがあるが、劇場の大きなスクリーン越しに見ても、サンは“完璧な”女性にしか見えない。

本作がスクリーンデビューとなったチャン・クアン

 生物学的に女性である筆者から見ても「これほどスタイルもよくて美しいのだから、十分ではないか」とうらやましく思うほど、サンは女性らしい。

 それでも、当事者にとっては「女性らしく見える」ことと、「女性である」ことは天と地ほどの差があるのだろう。当時急速に普及し始めたインターネットカフェで、周囲の視線も気にすることなく、性適合手術の手術事例を熱心に検索するサンの姿からは、「何が何でも“女性”になりたい」という焦燥が伝わってくる。サンはやがて手術費用を稼ぐために魂までも売り渡し、街のフィクサーにパトロンになってくれと迫るまでになる。