事件の犯人を確定する決め手になった「目撃者証言」が、まったくのデタラメだったら……。
「39年にわたる長い年月を事件のために犠牲にした。虚しさを覚えるのも正直なところです」
そう語る前川彰司(59)さんは、1986年3月に福井市で当時中学3年生だった高橋智子さんが刺殺された事件で殺人罪で有罪判決を受け、満期の7年間服役した。
しかし39年後の今年3月6日、事件の再審公判が名古屋高裁金沢支部で開かれた。前川さんは無罪となることが確実視されている。
公判で検察側は新証拠を提出せず有罪を主張したが、再審は初公判のこの日で結審。判決は7月18日に下されることになる。
事件発生の翌年、21歳だった前川さんは殺人容疑で逮捕されたが、当時から「その女子中学生とは会ったこともない」と一貫して無実を主張していた。
有力な物証はなく、有罪の根拠は前川さんの知人6人の証言だけ。6人の中には、覚せい剤使用で逮捕経験がある暴力団関係者などが含まれていた。
その中には、「前川が犯人」と証言した後に刑事から結婚祝いを受け取った男性もおり、前川さんを有罪にしたい警察との様々な「取引」や誘導があったと疑われている。
警察は決め手となる証言の間違いに気づいていたが…
警察・検察が前川さんを有罪とする決め手にしたのは、「『夜のヒットスタジオ』(当時、放送されていたフジテレビ系の音楽番組)でアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な踊りをしていたのを見た後、血の付いた服を着た前川を見た」という知人2人の証言だ。
だが後に、番組の放映日が事件の日と1週間ずれていたことが判明する。警察は事件が起きた日と番組放映日が違うことに裁判の途中で気づいたが、捜査報告書に記録するにとどまり、裁判の方針は変更しなかった。つまり、前川さんが無罪である証拠を長年隠していたことになる。
再審開始は高裁に開示を求められて検察が提出した報告書が決め手となったが、弁護側が気付いたのは確定判決から30年以上経っていた。
前川さんは7年間の服役を満期で終えて2003年に出所し、現在は就労支援事業所で働いている。再審開始の決定が出た少し後の昨年11月、筆者は福井市内の前川さんのマンションを訪ねると、応接室にはキリストの像が飾られていた。