冒頭に詰め込まれた演出の技

 本作の冒頭10分は、富野の演出スタイルを体感できる非常にわかりやすいサンプルとなっている。ここでは富野がそれまでの経験から確立した、演出的なロジックを用いて、画面の中の情報をコントロールしている。

 まず松竹の配給マークである富士山が映し出されるのとほぼ同時に音楽が、本編に先行して流れ始める。音楽は序曲のようなものではなく、不穏な空気を伝える緊張感あるもの。観客はその不穏な空気を前提として映画の中に入っていくことになる。これは「進行中の状況の中」に観客を放り込む語り口のバリエーションと考えられる。

 富野は、音楽を先行させるスタイルを『機動戦士ZガンダムII 恋人たち』(2005)で採用している。また『機動戦士ガンダムF91』(1991)と『∀ガンダムII 月光蝶』(2002)では音楽ではなく効果音を先行させている。

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 内容を見てみると『恋人たち』は、対空監視をしている少年カツ、『月光蝶』は宇宙船のブリッジに向かう二人のキャラクターから始まり、どちらも三部作もしくは二部作の「二番目にあたる映画」であるが故に、あえてストーリー的には唐突なカットが選ばれている。先行する音楽や効果音は、その唐突な状況のただ中へと観客を誘導するために使われているのだ。その狙いにおいて『恋人たち』と『月光蝶』の導入部分の音響演出は『逆襲のシャア』の音楽先行と通じる部分が大きい。

 これに対し、『F91』の効果音の先行は、むしろ「物語の開幕を印象づけるための焦らし」といえる。同作は舞台となる時代とキャラクターを一新した、ガンダム・シリーズ仕切り直しの一作である。先行する効果音は、スペースコロニーの外壁を焼き切る音で、本編が始まると早々に外壁が吹き飛ばされ、同作の敵であるクロスボーン・バンガードのモビルスーツが侵入し、タイトルとともにファンファーレが鳴り響いて、物語の開幕を宣言する。この新たな開幕を印象づけるための前フリとして効果音が使われているのである。

 音楽に導かれて始まった『逆襲のシャア』のファースト・カットは遠くに見える太陽と地球から始まる。そしてカメラがゆっくり下に向かうと月面が画面に入ってきて、そこに月面都市フォン・ブラウンが見えてくる。

 カットが変わるとカメラの動きは左下方向へと向きを変え、さきほど見えた月面都市フォン・ブラウンを画面奥にとらえながら、手前に広がる竪穴―工場の入口へと降りていく。このままカメラはゆるやかに動きながら、O.L.(オーバーラップ)でカットをつなぎ、モビルスーツ工場の様子を映し出す。こうして月上空からモビルスーツ工場までが途切れることのない一つの流れとして提示されるのである。

 このカメラの流れにのって、オフ台詞(話者が画面に写っていない台詞)が聞こえてくる。モビルスーツ工場のカットになると、ロングショットで二人の男女の姿が映し出され、彼と彼女のセリフであることが明らかになる。会話の断片から、彼らの軍隊(地球連邦軍)はネオ・ジオン軍を率いるシャアと呼ばれる相手と戦争状態にあることがわかる。

 この場面の台詞を記すと次のようになる。