「溝手いじめ」と言われていた

 そもそも「河井夫妻大規模買収事件」とは何か。2019年7月の参院選広島選挙区にはどのような戦いがあったのか? これを振り返ると本当に興味深いのだ。

 同じ選挙区には自民党のベテラン溝手顕正氏(岸田派)がいた。しかし河井克行氏のパートナーである河井案里氏が新人として出馬した。自民党側からすれば「2人当選させて議席を独占」という建前なのだろうが、当初から「溝手いじめ」と広島では言われていた。理由は以下である。

『安倍が許さない仇敵 岸田が悩む“仁義なき戦い”』(週刊文春2019年6月27日号)

 安倍首相はかつて1回目の政権のときに溝手氏に痛烈に批判されたことがあった。大敗した2007年の参院選で安倍内閣の一員だった溝手氏は安倍氏の責任に言及したのだ。この恨みを安倍氏は忘れず、2019年の参院選で溝手氏への刺客として河井案里氏を送り込んだと報道された。そして河井克行氏は買収事件を起こしたのである。

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 そういう状況の中、自民党本部から河井案里氏側に1億5000万円が振り込まれていたこともわかった。これは溝手顕正氏の約10倍。官邸の力の入れ具合が「金額」で証明された。

河井案里氏 ©文藝春秋

 中国新聞社の取材班による『ばらまき 河井夫妻大規模買収事件 全記録』(集英社、2021年)を読むと、今こそ重要な記述もたくさんある。

 1億5000万円のうち1億2000万円は税金から出ている政党交付金だった。政党交付金は使途を収支報告書に記載し、公開しなければならない。

《そんなカネを「ばらまき」に充てるだろうか。むしろ足が付かないカネを使うのではないか……。》

 中国新聞は取材を積み重ねる中で行き着いた結論があった。それは、

《「1億5000万円はばらまきの原資になっていない。1億5000万とは別のカネが克行の下に流れてきて、ばらまきに使われた」》

 というものだった。では気になる買収資金はどこから出たのか。河井克行氏がばらまいた現金には「新札だった」との証言が相次いでいたことから「官房機密費が使われたのではないか」との見立てをする元衆院議員もいた。使途は公表されないカネだからだ。