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真夜中、男性スタッフの前で四つん這いになって……
真夜中、彼女が廊下を這っていたことがあった。
仮眠中の耳にドアを開ける音は聞こえてはいたが、誰かがトイレに行ったのだろうと思った。うつらうつらしている耳にゴソゴソと音が聞こえ、はて、と目を覚ました。
ゴソッ、ゴソッ。
足音ではなかった。こちらのほうに向かっていた。耳慣れない音に気味が悪くなり、飛び起きて詰所の窓から廊下を見た。うす暗い廊下の向こうに黒い固まり。竹下さんが廊下に四つん這いになっていた。詰所を出て廊下の明かりをつけると、彼女が動物のように床に四つん這いになっていた。
「何してんのよ」
真夜中の静けさのなかで、竹下さんの顔が笑った。
「何、しているの」
「ミ、ミ」
「びっくりさせないでよ。コールボタンを押してよ」
「ミミ、ズ」
「水? コールボタンを押してよ。びっくりするじゃない。いまあげるから部屋に戻って」
床に這っている竹下さんの体の向きを変える。のろのろとした動きに、亀と遊んでいるような気持ちになる。
「よかや、引くぞ」
彼女の体が部屋のほうに向いたとき、両手を取って引きずった。骨だけの体は手足がばらばらになるのではと思われた。真夜中にこんな遊びをやっているのかと思いながら竹下さんを引きずった。竹下さんは膝で滑りながら笑っていた。朝、施設長の吉永さんに話すと、「川島さんの顔を見たかったんじゃないの」と笑った。
