いま観る『カップルズ』があぶりだす「笑えないコメディ」

 日本において『カップルズ』は長年観るのが困難な映画だった。1996年12月の劇場公開後、98年11月にVHSが、2002年1月にはDVDがリリースされたが廃盤となり、数少ないレンタル版を探すか、プレミア価格のついた中古品を手に入れるしかなかったのだ。23年に台湾で4Kレストア版が完成し、日本でも鑑賞できるようになったことは大きな財産である。

© Kailidoscope Pictures

 2025年に観る『カップルズ』は、制作当時よりも価値観がさらに変化したこともあって、より「笑えない」コメディになっている。少年4人が芝居を打ち、アリスンの身体をほしいままにしようとするくだりなどは非常にグロテスクで、“男らしさ”とホモソーシャルの暴力性を先取りしていたと言えなくもない(エドワード・ヤン自身がそこまで考えていたのか、時代の変化ゆえに解釈の余地が広がったのかは微妙なところだが)。

 むしろ今の時代をストレートに射抜くのは、都市の生活者である老若男女が、いかに自分の信じたい物語を信じ、振る舞いたいように振る舞いながら、経済と闘争のロジックに絡め取られていくかということだ。インターネットやSNSこそないが、コミュニケーションの問題も大部分はそこに起因する。映画の終盤、マーカスが口にする「21世紀も帝国主義の時代になる」というせりふこそ本作の真に予言的な部分だろう。

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© Kailidoscope Pictures

 かつてエドワード・ヤンはこんなことを綴っている。「私は映画館が観客であふれるコメディを作ったのではない。彼らが映画館を出たとき、自分の人生がコメディであることに気づける映画を作ったのだ」。その強度と効力は、30年の歳月を経てもまったく色あせていない。

[参考文献]
王俊傑・孫松榮(主編)『一一重構:楊德昌』
ジョン・アンダーソン、篠儀直子(訳)『エドワード・ヤン』

『カップルズ』 4Kレストア版

原題:麻將

英題:Mahjong  

監督・脚本:エドワード・ヤン

出演:ヴィルジニー・ルドワイヤン、クー・ユールン、チャン・チェン、タン・ツォンシェン、ワン・チーザン 1996年/台湾/1:1.85/120分 PG12 字幕翻訳:石田泰子
配給:ビターズ・エンド © Kailidoscope Pictures

TOHOシネマズ シャンテ、シネマート新宿ほかにて公開中

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