『牯嶺街少年殺人事件』や『ヤンヤン 夏の思い出』で知られる台湾の映画監督、エドワード・ヤンのキャリアは決して長くなかった。1983年の長編デビュー作『海灘的一天(原題)』から、遺作である2000年の『ヤンヤン』まではわずか17年である。

『カップルズ』は1996年にエドワード・ヤンが発表した、数少ない「コメディ映画」のひとつだ。しかし、前作『エドワード・ヤンの恋愛時代』がそうであったように、彼のコメディは観客の爆笑を呼ぶような抱腹絶倒のたぐいではない。低温でシニカル、意地悪で乾いた笑いだ。

© Kailidoscope Pictures

90年代の台北を舞台に描かれる青春群像劇

 物語の中心は、台北のマンションを拠点とする詐欺グループの若者たちである。道徳心をかなぐり捨てて人を操るリーダーのレッドフィッシュをはじめ、女性の扱いがうまい美容師アシスタントのホンコン、英語に長けた新人のルンルン、そして占い師のフリをして客を騙すトゥースペイストの4人組だ。

ADVERTISEMENT

 映画の冒頭、ハードロックカフェにやってきた一同は、パリ出身の少女マルトと出会う。故郷のロンドンを追われるようにして渡台してきた元恋人マーカスを追い、後先を考えず、ひとりで台北にやってきたのだ。マーカスは現恋人アリスンとの関係からマルトを疎んじるが、嫉妬深いアリスンはマルトの存在に動揺。ホンコンにその隙をつかれて身体と心を許し、「すべてを全員で分け合う」ことがルールの4人の言いなりとなってしまった。

 レッドフィッシュはマルトを利用して金を引っ張ろうと考えるが、通訳係のルンルンはマルトに心ひかれてゆく。そんな中、レッドフィッシュのもとに借金まみれで失踪した父親から連絡が入った。一方、父の行方を追うヤクザはレッドフィッシュの居所を探っており……。

© Kailidoscope Pictures

 1960年代、戒厳令下の台湾を舞台とした『牯嶺街少年殺人事件』を除いて、エドワード・ヤンの映画は常に制作当時の台北を描いてきた。青春群像劇の形式をとった『カップルズ』も台北という街そのものが主人公のような、とことん「現代」の物語だ。

 本作の背景には、『エドワード・ヤンの恋愛時代』と同じく1990年代の台湾が経験した劇的な変化が横たわる。87年に戒厳令が解除されて民主化が進むなか、台湾は経済的にもめざましい発展を遂げた。急速な都市化が進み、アメリカやヨーロッパの文化や生活習慣が外資を通じて入り込み、同時に貧富の差も広がったのである(この表現は『ヤンヤン』でより先鋭化される)。