朝からずっと寝ていた女の子がムクッと起き上がり……
外の田園風景に夕日が差してきた時、朝から隣でずっと寝ていた女の子がムクッと起きた。お互いいないものとして扱っていたので、その存在を再認識して驚いた。まだ眠そうな彼女の動きは意外とスムーズだった。通りがかった移動販売車から、生のマンゴースティックを買い取ると、袋を開けて僕に1本取るように差し出してきた。
その一連の動作は、僕の心と胃袋を見透かしているようだった。そしてあらかじめ、夕暮れが来たらこうしようと決めていたかのようだった。
僕は旅に出てから生の果物を食べないようにしていたが、自然な流れに思わず指示通り1本抜き取ってしまった。取ったのがちょうど一番大きい実の中心部分だったため、お礼を言う前にあたふたしてしまった。そんな僕を見て、彼女はクスクス笑った。午前中に乗車した時のぶっきらぼうな様子が噓みたいな笑顔だった。
一口食べてから英語で急いでお礼を伝えた。キョトンとしている顔を見る限り、英語は通じないようだ。翻訳機を取り出して、「ありがとう」と打ち込んでベトナム語に変換して画面を見せた。今度は彼女が何やら打ち込んで僕に見せた。
そこから翻訳機を使った会話が始まった。
「もう1本食べる?」
と書かれていた。そこから翻訳機を使った会話が始まった。
「学生ですか?」と書き込むと、「看護師です」と返ってきた。
「あなたの出身は?」
「日本から来ました。君は?」
「もう少し先に行ったところ」
「どんな町?」
「貧しいけれど、美しい町です」
久しぶりに誰かとまともなコミュニケーションを取った気がした。マンゴースティックを2人で齧りながら、言葉も発さず盛り上がる。夜勤明けの彼女は仮眠を取ったおかげかどんどん元気になって、故郷の風景、2歳になる娘のヤンチャぶりまで、あらゆる話を文字で打ち込み、日本語の文章で伝えてくれた。クスクスと笑う顔と声が魅力的だった。僕が名前を伝えると、彼女は吹き出した。急いで画面に打ち込んで、僕に見せた。
「あなたの名前はベトナム語でタロイモという意味です」
2人で大笑いした。彼女の名前はトラムといった。娘の写真をたくさん見せてくれたが、夫の姿は写真にも会話にも一切現れなかった。気づけばニャチャン駅に着いていたので、トラムに、
「ありがとう。娘によろしくね」
と書いて見せた。
「いい旅をしてね」
という画面を僕に見せて、最後に彼女はまたクスクスと笑った。
19時にニャチャンのターミナルへと降り立った。統一鉄道での8時間、後半はあっという間に過ぎた。トラムがくれたマンゴースティックは、ぬるくて全然甘くなかったが、今まで食べたマンゴーの中で一番美味しかった。

