ミュージシャン、俳優として活躍する古舘佑太郎。古舘伊知郎を父に持つ彼が30歳を過ぎてなぜ突如旅に出ることになったのか、そしてそこで見たものは……。『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』より一部抜粋し、そのきっかけを辿る。(全2回の前編/続きを読む)
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僕が旅に出た理由
旅嫌いな僕が旅に出た理由は、先輩ミュージシャンの山口一郎さんに起因している。僕のバンドのプロデューサーとして、長年お世話になっている方である。あれは旅に出る少し前の出来事だ。僕はメンバーと何度も話し合いを重ねた末に、バンドを解散させることになった。
真っ先にその意向をプロデューサーに伝えなくてはならず、一郎さんが待つ名古屋のライブ会場まで足を運ぶことにした。一人で新幹線に揺られる僕の心は、重苦しかった。昔から、僕のミュージシャンとしての活躍を期待してくれて、何かと応援してくれた一郎さん。そんな彼に解散を伝えることは忍びなかった。振り返るとウジウジしてばかりでなかなかブレークしない僕に、いつも愛ある厳しい言葉で叱咤激励をしてくれた。
「お前は、いつか絶対成功する」
これが激励の最後を締めくくる彼の口癖だった。対して自己肯定感の低い僕は、「本当かなぁ」とその言葉も自分自身のことも信じないまま、申し訳なさそうに、
「ありがとうございます」
と返事をしていた。
今回ばかりは、とうとう呆れられてしまうのではないか。これまで費やしてもらった時間と労力と金額を考えると、最悪の場合、怒鳴られてしまうのではないか。そうなってもしょうがないと諦め切った僕の表情が、東京名古屋間の車窓に映っていた。
会場に着くなり、楽屋を訪ねた。本番前は、さすがに報告はやめておこう。終演後にちゃんとお伝えしようと決めて、ドアをノックした。中に入ると、メイク中の一郎さんと鏡越しに目が合った。僕が挨拶をしようとするや否や、
「で、用件はなんだ?」
と聞かれてしまった。焦った僕は、思わず本題を口にしてしまった。
「あの、バンドを解散することになりまして……」
一瞬の沈黙もなく一郎さんは予想外の言葉を口にした。
「よし、カトマンズに行け!」