ミュージシャン、俳優として活躍する古舘佑太郎。古舘伊知郎を父に持つ彼が30歳を過ぎてなぜ突如旅に出ることになったのか、そしてそこで見たものは……。『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』より一部抜粋し、ベトナムの鉄道で出会った一人の女性との思い出を振り返る。(全3回の最終回/最初から読む

ベトナム統一鉄道 本人提供

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ベトナム統一鉄道で、退屈と喉の渇きが限界に達した

 ベトナム統一鉄道のディーゼル機関車は、サイゴン駅のターミナルで煙を吐きながら待ち構えていた。予想以上に煤ぼけていて、僕が鉄道好きだったら興奮していただろう。歴史を感じさせるオンボロ座席、ディーゼルの豪快に鳴らすエンジン音と汽笛、垢だらけの曇った車窓から見える田園風景。ゆっくりと走り出した列車は、少しずつ加速し、そこそこのスピードを保った。せかせかした東京の地下鉄に慣れていた僕は、

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「え? この速度で1726キロを目指すの?」

 と心配になった。北海道の最北端・稚内から東京を越え、愛知県の豊橋に行くようなもんだ。ぶっ通しでいけば、35時間で目的地ハノイまで辿り着くらしい。せっかちな僕からしたら、当然ぶっ通しで行きたいところだ。しかし、早く着いたからといって別にメリットがない。日本に早く帰れるわけでもない。僕の人生はこんなふうに、無意味な焦りによって結果的に無駄足を踏んできたのだ。

 よし、今日は8時間くらいで一区切りにして、ニャチャンという駅で降りてみよう。8時間もなかなか長い。おまけにクーラーも効かない。リクライニングは直角のまま動かない。そういえば、朝から何も食べていないし水も飲んでいない。近くの席で子どもがゲロを吐いた。母親がせっせと掃除をする中、男の子は3回に分けて大量に吐いた。移動販売車が来る。何も食べていないのにゲロの臭いで食欲がない。売られている水は常温で埃を被っているため、買う気になれない。5時間が過ぎ、退屈と喉の渇きは限界に達した。残り3時間をどう乗り切るか、手詰まりだった。