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大谷翔平「二刀流のせいでケガをした」という“先入観”を乗りこえて

『大谷翔平 野球翔年 Ⅰ日本編2013-2018』著者が追った5年間の軌跡

2018/06/29

好きでやってここまで来ただけ

『大谷翔平 野球翔年 Ⅰ日本編2013-2018』(石田 雄太 著)
『大谷翔平 野球翔年 Ⅰ日本編2013-2018』(石田 雄太 著)

 パイオニアになりたい――10代の大谷が口にしていたというこの言葉を、22歳になった大谷に訊いてみたことがある。すると大谷はこう言った。「うーん、パイオニアか……好きでも嫌いでもないです(笑)。そこを目指してやってませんからね。結果的にそういうことになりました、というのなら、それは評価されてもいいんじゃないかと思いますけど、パイオニアを目指して何かをやったということではなく、ただ、好きでやってここまで来ただけですから……数字や記録を追い掛けたことはない。次の1試合でどれくらい野球がうまくなっているのかのほうに興味がありますし、その言葉については何も感じてません(笑)」

リュックを背負った大谷が醸し出す「ワクワクした空気」 

 20勝した同じシーズンに40本のホームランを打ったプロ野球選手は過去に一人もいない、となっても、20勝投手も40本のホームランを打った選手は過去、いくらでもいるのだから、大谷はナンバーワンではない。しかし一人で同時にそれを叶えれば、オンリーワンであることに間違いはない。「でも、僕はプロ野球で一番勝ってやるとか、一番たくさんホームランを打ってやるという野心を持って野球を始めたわけじゃないんです。このゲーム、おもしろいなと思って、野球を始めてここまで来ているので、このまま好きなことを続けて、できれば高いレベルでやって、もっとうまくなりたいということしか考えてません。もちろん、人から『ナンバーワンじゃなくてオンリーワンだよね』って言われるのはすごく嬉しいことですけどね」

©鈴木七絵/文藝春秋

 大谷は、リュックを背負って球場にやってくる。そのとき、彼が醸し出す「よーし」というワクワクした空気は、きっと小学生のときから変わらないのだろう。今の大谷は、子どもの頃にできたことがプロでできないわけがない、とシンプルに考えている。飄々と、楽しそうに野球をする”野球翔年”。ファイターズを選んだ18歳からメジャーに挑むことを決めた23歳までの大谷が、いかにして野球界に蔓延る先入観と戦ってきたのかという6年間の轍を、こういうときこそ振り返り、噛み締めてみてほしいと思う――。

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石田雄太(いしだ ゆうた)

ベースボールジャーナリスト。NHKでサンデースポーツなどのディレクターを務めた後、独立しフリーのスポーツジャーナリストに。イチロー、桑田真澄、松坂大輔などへの取材によるルポルタージュ作品が多い。Numberでは特に野球特集のメインライターとして活躍している。 

大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018

石田 雄太(著)

文藝春秋
2018年6月14日 発売

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