村下の“秘伝”をオープンに
かつては釜などの寸法は村下の“秘伝”でした。玉鋼の良し悪しが決まる腕の見せ所ですから、各家の村下が競い合っていた江戸時代は、記録には残さなかった。木原村下ですら、釜の大きさについてはノートに書かれていましたが、肝心なところは抜いてあったほどです。
日刀保たたらは伝統技術の継承を目的としています。そのため、ふいご(送風)が自動モーター式になったことを除けば、前近代の操業方法は一切変えていません。たたら場では種鋤などの道具類も全て図面化され、材質も決まっています。
さらに、普段見えないところでは、釜の地下構造にも長年の伝統技術が生かされています。たたらは何よりも湿気を嫌い、1月下旬から2月上旬に行われるのも、一年で最も湿度が低い時期だからです。さらに湿気を防ぐために、釜の真下には「本床(ほんどこ)」と呼ばれる木炭を敷き詰めた“カーボンベッド”を作り、その下に砂利などを敷く。全体で地下3.5メートルほどになる大掛かりな構造となっています。歴代の村下が受け継いできたこれらの方法は、英知の結晶であり、今後も変えてはいけないと考えています。
私は釜の形状だけでなく、操業中に砂鉄や木炭を入れた回数や時間も逐一、書き残し、すべてオープンにしています。記録することで伝統技術を正しく、しっかりと後世に伝えていくことが重要だと考えています。
※本記事の全文(約7500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年5月号に掲載されています(堀尾薫「伝統の職人 たたら製鉄 最強鋼づくりの奥義」)。記事の全文では下記の内容をご覧いただけます。
文藝春秋PLUSで公開中のグラビア記事「奥出雲に残るたたらの炎」もぜひご覧ください
