松田聖子には「会うと緊張して下を向いてしまう」

 中森明菜は「スター誕生!」で山口百恵「夢先案内人」を歌い、史上最高得点で優勝したことで知られるが、実はそれは8度目の挑戦。6度目の挑戦では松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌っている。「裸足の季節」を、自転車を飛ばして買いに行くほどの聖子愛を持っていた彼女なら、この楽曲に懸ける思いもひとしおであったことだろう。今さらではあるが応援したくなる。

デビュー当時の中森明菜 ©共同通信社

 ただ、80年代を代表する女性アイドルとして、ともにセルフプロデュースに長けた二人は、仲が良いというより、火花を散らす「ライバル」という印象を持って語られることが多かった。しかし明菜は「ザ・ベストテン」時代から、松田聖子の大ファンであることを明かしており、「会うと緊張して下を向いてしまう」と語っていた。推しへの心はアイドル同士でも同じなのである。

 明るい歌声の聖子と情念を歌う明菜は「太陽と月」とも例えられるほど正反対の個性だが、聖子の明るく強い一面もまた、明菜にとっては憧れだったようだ。

ADVERTISEMENT

「聖子さんって強い人だなァと思う。羨ましい。すごく頭のいい人なんでしょうね。だから自分を辛いほうに持ってゆくんじゃなくて、解消法をご存じなのかもしれない」。『マルコポーロ』1995年1月号では、そう語っている。

松田聖子 ©文藝春秋

意外なほどにハマった小室哲哉との相性

 中森明菜は『ZERO album~歌姫2』(2002年)で松田聖子が歌う「瑠璃色の地球」をカバーしている。これは、松田聖子の歌の世界観を創った作詞家・松本隆の作品の中でも壮大なテーマを持った楽曲だ。明菜の囁くような繊細な歌声は、聖子のつややかさとはまた違う、「一瞬しかない空の色」の儚さを感じる。

 松本隆は中森明菜にも作品を書いているが、その一曲が、ジゴロックでも披露された「愛撫」(1994年リリース)。ドキリとする艶やかなタイトルだが、靴に縫われた金の刺繡糸と、夜空を走る流星が重なるような、松本隆ならではの色使いが美しい。夕暮れから夜に変わる妖しさと寂しさは、明菜にしか歌えない。彼女の低くかすれた声が、90年代J-POP特有の空気感に乗り、不思議な文学感を醸し出している。

 作曲は言わずもがな、小室哲哉。クレジットを見る前から「コムロやな!」とピンと来て顔を上げる、そんなメロディーラインである。ただ、実はこの楽曲、本格的なコムロブームの直前に作られている。シングルは1994年3月リリースだが、これはスタジオ・アルバム『UNBALANCE+BALANCE』からのシングルカットで、『UNBALANCE+BALANCE』は1993年9月にリリースされている。当時はtrfが「EZ DO DANCE」をヒットさせていた時期。プロデューサー小室哲哉の名を轟かせた篠原涼子の「恋しさと せつなさと 心強さと」(1994年)や安室奈美恵「Body Feels EXIT」(1995年)はまだ生まれていない。しかし、「愛撫」には、しっかりと最盛期のコムロサウンドを感じられて、今聴くと非常に興味深い。