……なんてのを何周も何周も繰り返したのが、この30年だったじゃないか、と……。
ところが、このドラマにはこれまでのパターンには存在しなかった登場人物がいた。「妻たち」ではない。「夫たち」である。
2年もの育休を取得し「完璧な育児計画」を掲げる厚生労働省官僚パパ中谷(ディーン・フジオカ)。詩穂の夫で両親を早くに亡くし、深夜まで働く居酒屋の店長、虎朗(一ノ瀬ワタル)。キャパシティ超えの両立に擦り切れる共働きのワーママ礼子に「俺だって一日子どもの面倒見ただろう」と他人事のような言葉を投げる量平(川西賢志郎)。
女親の側だけじゃない、令和の男親の側にもバリエーションがあることをきちんと押さえてくれているのだ。
「日本の男子の分水嶺」だった家庭科共習化
コニュニケーション・ディレクターの佐藤尚之(さとなお)さんが、アラ還にしてアレルギーの発症をきっかけにほぼ毎食自分で料理をするようになり、それまで家事をしてこなかった自分自身を振り返って、自分は本当の意味で自立していなかったこと、奥さんに甘え続けていたことに気づいた、と語っている(オレンジページのメディア「ウェルビーイング100」の浜田敬子さんとの対談)。
この中に「日本の家庭科の男女共習化は日本の男子の分水嶺」という、さとなおさんの名言がある。日本の教育では中学および高校で「女子も男子も家庭科を学ぶ」家庭科共修化から30年以上が経ったが、まさに中学校や高校という人間形成の大切な時期に、家庭科という学科として「暮らし方」を学んだか否か、それが男性の価値観や自立をかなり大きく左右している、というのが佐藤さんの指摘だ。
事実、大学附属有名校である某男子校の家庭科教諭をしている私の友人は、「やっぱりレベルの高い男子は家庭科ののみ込みも早いわよ。家庭科って科学だから」と語っていた。家事能力とはシンプルに生活スキルであり、「女は料理上手」「女は子育て上手」「女は……」などと、男女で適性など違うわけがないのである。