西松屋という子供服・育児用品メーカーのお店に行ったときのことだ。
若い父親が「キティちゃんの服がほしい」とねだる娘に「着てくれるの?」と疲れた顔で確認していた。保育園へ連れていく前、準備していた服を「やだ」と突っぱねられ、会社に間に合わないと焦りながら、「どれなら着る?」と語りかける毎日なのだろう。
「就労男性+専業主婦」という家族形態に合わせて作られた社会は頑強で、そんななか仕事と育児を両立しようともがく共働き世代の母親たちの困難はあらゆるメディアで語られてきた。
しかし、共働き世代の父親たちの困難は? 語られてこなかったのではないか。
2021年度、男性育休取得率は14パーセントに達した。男性育児時代がきている。だが、彼らへの支援は足りていない。
著者の平野翔大氏は男性の育児・育休を支援する立場から、「男性育児推進」のポジティブな面だけが強調されていることの危うさを指摘する。
日本の義務教育では妊娠・出産の仕組みをろくに教えない。母親たちは妊娠期間に医師や助産師など専門家から指導を受けるが、父親たちはその現場から疎外されがちだ。育児商品のマーケティングも女性向けで、男性向けの育児情報も少ない。
それでいて、完璧に育児できる父親になれというプレッシャーがある。完璧な労働力であれというプレッシャーもある。その両方に取り組んでいる年上の男性は育った家庭にいないし、会社にも少ない。
日本の男性は他国の男性に比べて家事と育児時間が少ないというデータをよく目にする。しかし「仕事と、睡眠など生活に必要な時間を除いた時間の中で、どれくらいの割合を家事と家族のケアに使っているか」という観点で見ると、日本の父親は欧米と同程度か、より多くの時間を家事・育児に使っているらしい。本書を読んではじめて知った。
父親が会社に拘束される時間がそもそも長いのだ。彼らの働き方の決定権を持つのは「育児経験なし」の男性たちで、仕事と育児の両立の大変さなど他人事だ。育休中や復帰後の父親にも産後うつのリスクが発生するのは当たり前だ。
これは私見だが、育児をする男性たちに「頑張りが足りない」と精神論をふりかざす女性がいるのも厄介だ。男性は育児をしないという怒りに囚われすぎていて、客観的なデータを見ていないのかもしれない。
もしそうなら本書を読んでみてほしい。
一昔前まで女性は労働力として半人前と言われていた。でも実際は支援が足りなかっただけだった。男性育児でも同じことが起きている。
育児をする人すべてに“支援”が必要という本書の主張は優しく、そして現実的だ。
ひらのしょうだい/1993年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、産業医・産婦人科医として大企業の健康経営戦略からベンチャー企業の産業保健体制立ち上げまで幅広く手掛ける。2022年にDaddy Support協会を立ち上げ、支援活動を展開している。
あけのかえるこ/1979年、東京都生まれ。著書に『わたし、定時で帰ります。』『対岸の家事』『くらやみガールズトーク』など。