2016年の米大統領選で、「フェミニズムの旗手」とされてきたヒラリー・クリントンがトランプに敗北した。敗因は、「性差別」だけでなく、「グローバル経済に乗って格差拡大を推進する知的エリートへの低所得層の失望」と言われた。
本書は、このような「成功したフェミニスト」と、多数の低所得層の女性たちとの乖離を指摘し、その底にある「人間の形成と利潤の形成を切り離し、前者を女性にゆだねて後者の踏み台にする資本主義」を問う。
本書のタイトルが資本主義による搾取を問題にした「共産党宣言」をなぞっているのは、そのためだ。
ここでは、労働組合の弱体化と新自由主義の隆盛の中で社会福祉が大幅に削減され、家事、子育て、介護などの「社会的再生産」の負担が一段と女性にのしかかる状況が指摘される。
女性は、それらを無償で引き受け、福祉ビジネスの商品と化した「家事・育児サービス」を買い入れるため、低賃金の長時間労働を引き受ける。これを減らすため、外国人女性による安価なサービスが求められ、「人種差別による買いたたき」への加担が始まる。
そんな中では、フェミニズムも「リーン・イン(体制の一員になる)・フェミニズム」へと変質させられる。「競争」に打ち勝って自己責任で「ガラスの天井」を破り、企業や政府の要職に潜り込んでこれに貢献する「男女平等」である。
こうしたフェミニズムへの対抗軸として本書が示すのが、抑圧や服従に沈黙を拒否する「フェミニスト・ストライキ」への道だ。
2016年にポーランドから始まり、スペインなど各国に広がった女性ストは、家事、育児、介護、感情労働などの見えない労働を、一斉に一時停止させた。
狙いは「無償労働が担う必要不可欠な役割を可視化」させ、「資本主義が利益を得つつも対価を支払わないでいるそれらの行為」に光を当てることだ。
こうした活動は「安価な外国人労働者」を生み出す人種差別や、女性の労働と同様に、無償で空気や水を使い倒す環境破壊への反対運動とも連動する。
こうして「活躍女性」だけのものではない、「99%のためのフェミニズム」への再生が実現する。
「ジェンダーギャップ指数の国際順位が153カ国中121位」の日本で、女性たちは、「ガラスの天井を打ち破る」ところにさえ到達していない。にもかかわらず、女性の国会議員によるLGBT差別発言など、「リーン・イン・フェミニズム」は他人事ではなくなっている。そこへ、コロナ禍による女性の貧困拡大が襲った。
貧困の解決は「ガラスの天井」を破ってから、などと言える余裕も失った日本にこそ、低所得女性から出発する「99%のためのフェミニズム」は有効なのかもしれない。
性差別と格差の二重苦を生き延びる人々に、読んでほしい一冊だ。
Cinzia Arruzza/ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ(NSSR)哲学科准教授。
Tithi Bhattacharya/パデュー大学歴史学准教授。
Nancy Fraser/NSSR政治・社会科学科教授。
たけのぶみえこ/1953年、東京都生まれ。ジャーナリスト、和光大学名誉教授。著書に『家事労働ハラスメント』など。。