めちゃくちゃ面白すぎて評論できない。
……個人的にはここで終わらせてもいいぐらいだが、一応、書評という体で仕事を頼まれているので続きを書く。本書は近未来を舞台にしたディストピア小説だが、描かれているのは未来ではない。2021年時点ですでに始まっている「現実」の話である。
健康、心理、消費動向などあらゆる個人データが企業に吸い上げられ、人々はリスクを避けるためにAIに導かれた行動しか取れなくなった社会。金持ちは不死を求め、貧乏人はデータ提供によりベーシックインカムを得ている。気温の上昇により居住区域は狭まり、生き物は死に絶える。
不死、トランスヒューマン技術、環境破壊、人格のコピー。我々がこれから迎える未来をさらに未来からの回顧として描く。そこには人類の犯す過ちに対する作者の冷笑的な視線が入り混じる。
テクノロジーに頼ることで安心を得ているはずの我々の中心にあるのは常に不確実性への不安で、技術が進歩すればするほどそれは色濃くなる。本書全体をヴェールのように覆う不穏なムードは、すでに現代の我々が生きる上で常に抱えているある種の心細さを写しとったものだ。
フランス人らしい、皮肉めいたやり口で、作者のマルク・デュガンは現代社会をdisる。トランプ大統領は過去最悪の大統領として描かれるし(しかも、頭の中には×××が詰まっているという設定)、グーグルは国家権力と同等のパワーを持った独裁企業として登場する。ディストピア小説は本来現実の壮大な写し鏡だが、本書は現実と虚構との間(あわい)にあり、写し鏡ですらない。そこで起きる突拍子も無い事件。主人公の行動に、作中世界も我々も大いに翻弄される。
「人間は、あんなにお喋りなのに、何かから教訓を得るということが決してないのだろうか」(P133)
グーグルの独裁を阻み、資本主義に基づく人類選抜を拒むため、主人公率いるエンドレス社は壮大な計画を実行する。新たな世界の独裁者となった主人公は理想の世界を実現しようとするのだが……。
あらゆる未来を良くしようとする試みは失敗に終わり、人類は間違った方向に導かれ、万能感はくじかれ絶望を抱えて終わる。何千年も繰り返してきた過ちを、人類の愚かさを、本書は1人の人間の妄想めいた反逆劇という形でまざまざと見せつけ、我々はそれが不可避であることを知る。
はぁ、フランス人の書くものって本当に嫌味だなあ。それがいいんだけどね。しかし、本当に面白い作品は書評が書きにくいことがわかった。少しつまらないくらいの作品の方が評しやすい。頭からお尻まで読み応えの詰まった作品は、どこをどう切り出していいのかわからない。
Marc Dugain/1957年、セネガル生まれのフランス人作家。1998年、『La Chambre des officiers』(日本語未翻訳、「将校たちの部屋」として映画化)でドゥ・マゴ賞を受賞。ジャーナリスト、映像作家としても活動している。
おのみゆき/1985年東京都生まれ。作家。近著に『ピュア』、主な著書に『傷口から人生。』『メゾン刻の湯』『ひかりのりゅう』等がある。