父は親分と対立し、組を離れて酒浸りとなった
ある日、紀夫は組織の親分から命じられ、衣服をクリーニング店に出しに行くことになった。免許停止中だったが、親分に逆らうわけにいかず、組織の車を運転して出かけたところ、途中で交通事故を起こしてしまった。車は大破し、相手の一般人にも大怪我を負わせた。
警察は紀夫が構成員であるのを知ると、ほとんど嫌がらせ同然に事務所に対する家宅捜索を行った。事故とは無関係にもかかわらず、事務所にあったものが証拠品として押収された。これに激怒したのが親分だった。紀夫に向かって言った。
「誰のせいでこうなったと思ってんだ。くだらねえ事故起こしてカタギの人間に怪我させたばかりか、警察にまで好き勝手やらせやがって。うちの組への慰謝料を払え!」
親分は八つ当たりのように紀夫に多額の支払いを求めたのだ。紀夫は納得がいかなかった。親分の命令で運転して起こした事故なのに、なぜ自分だけに責任が押しつけられるのか。彼はこの一件で暴力団に嫌気が差し、脱退を決めた。
だが、暴力団を抜けた元構成員が直面する現実は厳しい。正業に就くことも、裏稼業をすることもできず、街では他の構成員と顔を合わせないように逃げ回らなくてはならない。そのため、紀夫は朝から晩までよその街のパチンコ店を回り、小銭を稼げば現実を忘れるように酒を飲んだ。
こうした生活に憤りを覚えたのが、妻の美奈子だ。暴力団からの脱退はやむをえないにせよ、ちょうど2番目の娘を身ごもっていたことから、紀夫には家庭のためにしゃにむに働いてもらわなければならなかった。だが、いくらそのことを言っても、行動に移そうとしない。あきれ果てた美奈子は言った。
「もう別れよう。あんたといても、生きていけなくなるだけ」