「あー、またキマってるんだ」母は中学時代から薬物中毒だった

 離婚を突きつけられた紀夫は家から出て行った。こうして、美奈子は2児を抱えるシングルマザーとなったが、正業に就いて子育てに生きがいを見いだすタイプではなかった。それまでに培った裏社会のつてを使い、前夫なしで覚醒剤の密売を1人でやることにしたのだ。

 一恵は振り返る。

「お母さんは、その頃住んでいたマンションをアジトにしていた。毎日のようにお客さんがうちにやって来て買っていったり、その場でやったりするの。たぶん、私や妹が小さかったから、家の中で商売をしていたんじゃないかな。今にして思えば、お母さんは結構やり手だったんだと思う。車はクラウンに乗っていたし、食事は毎日レストランや居酒屋で外食だった。

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 ただ、お母さんは中学時代からのポン中だから、日常生活はメチャクチャだった。一応、娘に見せまいとトイレでやっていたけど、テーブルや床には注射器が転がっていたし、トイレから出て来たら目をギラギラさせていた。キマっている時は何時間も服を手洗いしたり、同じ服を何10回もたたんだりしていたからすぐわかったよ。あー、またキマってるんだ、みたいな」

 一恵の記憶によれば、マンションにやって来る客の中には暴力団構成員が相当数いたようだ。彼女はつづける。

「マンションにはヤクザ風の人がしょっちゅう出入りしていて、刺青のない人の方が珍しかった。私は刺青に興味あったから、男の人が遊びに来るたびに『背中の絵を見せて』ってねだってた。みんな私のことかわいがってくれて、お母さんがいない時は一緒にお菓子を食べたり、テレビを見たりしていたかなぁ。たぶん、あいつら、私の面倒を見ていれば、お母さんが、クスリを安く譲ってくれると思っていたんだよ。だから、私にはお父さんがいなかったけど、たくさんの男の人に囲まれてかわいがられた記憶はあるんだ」