タクシーの中で、ハルコは懸命に自分に言い聞かせた。
《花奈子がどんな顔になり、どんな姿になっていようとも、生きているだけでいい。すべてを受け容れよう。生きていることに勝ることはない》
病院での家族との再会
病院に真先に着いたのは、聡子だった。外科がまず額の裂傷を縫合する手術を始める直前だった。聡子は全身傷だらけの妹の姿を見るや、
「花奈ちゃん!」
と言って泣き出した。その涙を見た花奈子は、それまで独りで頑張って耐えていた緊張の糸が一瞬にしてほどけて、
「お姉ちゃん!」
と言ったきり絶句し、泣き続けた。自律心の強い女の子だった。その後の入院中にどんなに痛みがあっても、家族の前で涙を流したのは、この時だけだった。
額の縫合手術は、あまり時間がかからなかった。そのうちに父親が駆けつけ、やっと遅れてハルコが着いた。ハルコは痛々しい花奈子を思わず抱きしめようとしたが、医師から左鎖骨骨折、肺挫傷、右親指骨折、額裂傷という診断名を聞かされ、やむを得ず手で身体の一部をそっと撫でて声をかけるのが、してやれる精一杯のことだった。
「花奈ちゃん、よく生きていてくれたね」
花奈子はどこを見ているのかわからないような目で上のほうにぼーっと目をやり、顔は能面のように無表情だった。
それでも花奈子自身は、家族全員がそろったのを見て、ようやく心の中で、《ああ、私は生きていたのだ》と確信することができて、その安心感にひたっていたのだという。
「一人でも大丈夫だから、帰っていいよ」
ハルコが花奈子の髪をよく見ると、細かいガラス片が無数にからみついていた。口の中にも、かなりガラス片があちこちに刺さっていた。ハルコと聡子は看護師がそれらを丁寧に取り除けるのを手伝った。
花奈子は、しきりに頭が痛いと言う。部屋が傾いていると言うし、頭の中がぐるぐるするとも言った。その状態は、様々な治療が済んだ夜になっても続いた。
医師は、頭を安定させるためという理由で、花奈子の姿勢を、足を伸ばしたまま上半身を起こし、ジャッキベッドの半分を起こして背もたれにするという恰好にした。脳に負担がかからないようにするためだという。
夜になっても、花奈子の頭痛は続いた。それでも、ハルコに言った。
「一人でも大丈夫だから、帰っていいよ」
ハルコが立ち上げたばかりのNPOの仕事で多忙を極めているのを知っていたからだ。ハルコは、わが子の健気さを痛いほど感じたが、それは自分を抑えて無理をしての言葉であることも見抜いた。
「何言ってるの。花奈子は大変な状態なんだから、遠慮なく本当の気持ちを言っていいのよ」
すると、花奈子はぼそっとした声で言った。
「側にいてほしい」
事故は被害者を苦しめるだけではない。家族をも激流の渦の中に巻き込んでいく。
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