そして、21年7月30日に起訴が取り消された。この約2年10カ月の間、社員とその家族がどれだけ不安な日々を過ごしたのかは、想像に難くない。武村さんは部下から「退職したい」と言われた場合、どう答えるかを考えていたという。社員も、当事者、関係者である以上に、社長ら3人と同じように、冤罪事件に巻き込まれた被害者なのだ。

 起訴が取り消されても、捜査当局から説明はない。知らないうちに事件に巻き込まれ、知らないうちに事件が終わったのだ。何が起きていたのか知りたいと思うのは当然だろう。

 内部資料とともに捜査の問題点を突く記事とは違い、捜査の端緒を説明する記事は紙面上大きな扱いにはならないかもしれない。しかし、この冤罪事件を追う記者として、武村さんの「なぜ、狙われたのか」という根本的な疑問に答えなければならないと思った。

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写真はイメージ ©show999/イメージマート

「大企業だと警察OBがいる」大川原化工機が公安に狙われた理由

 なぜ、大川原化工機だったのか――。

 この頃、すでに話をできる関係を築いていた複数の捜査関係者にこの疑問をぶつけてみた。すると、数々の信じ難い答えが返ってきた。

「大企業だと警察OBがいる。会社が小さすぎると輸出自体をあまりやっていない。100人ぐらいの中小企業を狙うんだ」

 これは捜査を指揮した警視庁公安部外事1課5係の係長だった宮園勇人警部が日頃から言っていた言葉だという。

 大川原化工機は社員約90人の中小企業。警察OBも雇っていない。国内では噴霧乾燥器のリーディングカンパニーで、ヨーロッパを中心に機械を輸出していた。宮園警部がターゲットに挙げる会社の条件と完全に一致していた。捜査のきっかけは次のような経緯だったという。

大川原化工機の捜査が始まったきっかけ

 17年春、輸出管理に関する調査研究をしている一般財団法人「安全保障貿易情報センター(CISTEC システック)」が、民間企業の輸出管理担当者を対象に開いた講習会があった。この講習会に外事1課の巡査長が1人で参加した。そこで、噴霧乾燥器が生物兵器の製造に使われる恐れがあるとして、13年10月から国内で輸出規制の対象になったことを知った。

 まだ手を付けていない分野には、まだ見ぬ“宝”が眠っているとでもいうのだろうか。

「5係は新しいものが好き。新しくできた規制での立件第1号は注目されるから、調べることにした。捜査で端緒をつかんだわけではなく、毎年参加している講習会に出ただけだ」(捜査関係者)