しかし、端緒の話は、外事1課が当初、大川原化工機側に伝えていた話とは異なっている。大川原化工機の複数の社員は、外事1課から任意の取り調べを受けた際、「中国のあってはいけない場所に大川原化工機の噴霧乾燥器があった」と言われていた。

 私は最初にこの話を聞いた時、大川原化工機の装置が輸出規制品に当たるかどうかという問題は別にして、少なくとも、外事1課が大川原化工機の装置が危険な国や組織に流れたことをつかんで、捜査を始めたと思っていた。

「大川原には火も煙も立っていなかった」

 ところが、端緒は単なる講習会だったのだ。ある捜査関係者は私にこう言った。

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「『火のないところに煙は立たぬ』ということわざがあるが、大川原には火も煙も立っていなかった。我々が火を付けに行っただけだ」

 巡査長の報告を受けた外事1課は、噴霧乾燥器について詳しく調べることにした。一定の条件を満たした装置は輸出規制の対象になり、輸出する際には経済産業相の許可を取る必要がある。外事1課が経産省に問い合わせたところ、輸出許可申請を出していたのは、西日本にあるX社だけで、しかも申請は1件のみだった。

 これまでに輸出許可申請が1件しか出ていなかったのはなぜか。それは、大川原化工機をはじめ、業界では「輸出規制品に当たるのは自動洗浄装置付きの噴霧乾燥器」という認識だったからだ。業界全体の認識として、自動洗浄装置が付いていなければ、輸出の際に許可申請を出す必要はないと考えていたのだ。

 捜査関係者によると、許可申請を出していたX社ですら、「規制品に該当するかよく分からないので、とりあえず申請した」という程度の認識だったという。

外事1課はX社を取り込もうと考えた

 業界全体が輸出許可申請は不要と考えていたとなると、たとえ不正輸出があったとしても、規制品と分かっていて輸出したという「故意」を問うのは難しい。本来、ここで捜査は立ち止まらなければならない。捜査はまだ序盤で、容易に引き返せたはずだ。

 しかし、ここで外事1課に思いもよらぬ追い風が吹く。

 X社が大川原化工機に対し、液体を霧状に噴霧する噴霧乾燥器のノズル部分の特許を巡って、訴訟を起こしていたのだ。しかも、当時はまだ1審判決が出ておらず、X社と大川原化工機が係争の火花を散らしていた時期だ。外事1課は訴訟記録を取り寄せ、X社を取り込もうと考えた。

 実際、この作戦は奏功した。ある捜査関係者は「X社は次第に公安部の見立てに沿うことは何でも言うようになっていった」と明かす。後に「X社の証言は本当に信用性があるのか」と、内部で問題になるほどだったという。

次の記事に続く 「逮捕すれば認めるに決まってる」警察が“無実の社長ら”を犯罪者にでっち上げ→捜査中に死亡した人も…「大川原化工機冤罪事件」の“ありえない捜査”

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