「私は父が好きだったんです」「母が出産しました。僕の子どもです」――タブーとされる「家族間性交」当事者たちは何を思い、日々を過ごしているのか。『近親性交 ~語られざる家族の闇~』(阿部恭子著、小学館)より一部抜粋し、お届けする。なお、本文中の人物名はいずれも仮名。(全3回の3回目/1回目を読む/2回目を読む)
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頻繁にかかって来ていた恵理子からの電話が途絶えてから、1年が過ぎた頃、突然、悠馬から電話があった。
「阿部先生、どうか驚かないで聞いて下さい……」
悠馬のかつてない慎重な話し方に、私の頭には、恵理子が自殺したのではないかという不安が過ぎった。ところが、
「母が出産しました……。僕の子どもです……」
私は言葉を失った。その後、恵理子は悠馬を追いかけ回すことはなくなったが、「死にたい」と頻繁にメールを送ってくるようになっていたという。
「このままだと、僕は殺されると思いました……。母がひとりで死ねるはずはないんです……。僕を必ず道連れにするはずだって……」
悠馬の声は震えていた。悠馬が感じた恐怖は、母と連れ添ってきた息子でなければわからないものなのかもしれない。
「僕は医師なので、命を救うのが使命です。死なれるくらいなら、命を授けようと思ったんです」
悠馬は母親を受け入れ、恵理子は妊娠したのだった。高齢出産や遺伝学上のリスクは承知の上だった。