「身長が高すぎるとあんまり需要がない」モデル活動を諦めた過去

――身長を活かして、モデルとかは考えなかったんですか。

ミシャ 高校3年生の頃にモデルスクールに所属しました。ただモデルを目指している人って志も高いし、すごく頑張り屋さんなんですよ。痩せたり、体が綺麗に見えるように筋トレをしたりレベルが高すぎて。背はそのスクールでも一番高かったんですけど、それだけでは何も通用しなかったです。

 スクールには半年くらいいて、結構大きい札幌のモーターショーであったり、ルタオのCMにも出させてもらえたんですけど、やってみてやっぱりちょっと違うなって。

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 日本だと、モデルは身長が高すぎるとあんまり需要がないんです。ウエディングドレスのモデルのオーディションを受けた時、私だけドレスのスカートから足が見えちゃうから、丈が短く見えてしまって。

 日本って160センチくらいのモデルさんが一番理想的なんですよ。関西コレクションとか東京コレクションとかって、市販の服を着て歩くわけですし、私だとサイズはないし、仮に着られてもあんまりかっこよくないと思うんですよね。

――高校卒業後はどんな進路を?

ミシャ ファッションの専門学校に行きました。私みたいに高身長の女の子向けの服をデザインしたり、ブランドがいつかできたらいいなという思いがあって入ったんですけど、デザイナーってやっぱりめちゃくちゃ狭き門なんですよ。企業に就職してデザイナーになるのが大変で。だから難しいなって思ってました。ただ、勉強した技術で今も買った服を自分で直せるので、そこは助けられています。

海外のヴィンテージドレスとの出会ってファッションが変化

――専門学校に行ったことがミシャさんを大きく変えたそうですね。

ミシャ 私はその頃、高身長だからかわいい服は似合わないと、かっこいい系のモデルさんっぽい服を着るようにしてたんです。でもそれがあんまり楽しくなかったんですよ。小さい頃はきょうはどの服を着ようかなって服を選ぶのがすごく楽しかったのに、モデル系のファッションを目指してからは灰色の人生になってしまって。

 専門学校でも1年目はあんまりオシャレはしてなかったんです。そんな頃にたまたま古着屋さんで海外のヴィンテージドレスに出会ったんです。

 それまで丈の長いスカートとかワンピースとかは、私は一生着れないと考えていたんです。そもそも私が着られるサイズのものが日本に売ってないので。でも、海外のヴィンテージドレスを古着屋で着たら、もうジャストフィットで「私のために作られたの」って感動して、これだと思いました。

 海外のヴィンテージドレスって、普通の日本人が着るときは丈をつめて着るんですよ。でも私は丈をつめなくてちょうどよくて。そこからは毎月アルバイトを頑張ってドレスを買って、学校にも毎日着ていくようになりました。

ブーツを履くと身長2メートル超えになるという(ミシャさんのXより)

――専門学校での反応は?

ミシャ 服飾の専門学校だったこともあって「ミシャちゃんはこれだね」みたいな感じで好評でした。特に先生がめっちゃ褒めてくれたんです。「毎日服がかわいいね。明日は何着てきてくれるのかな」って言ってくれて。それが嬉しくって。

 専門学生の時は定期的にファッションショーがあるんですよ。そのモデルも毎回やらせてもらえていて、身長はその時ぐらいには気にならなくなってました。

撮影=釜谷洋史/文藝春秋

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