大谷翔平の“推し活”に励む姿が話題に

 戸田奈津子さんといえば、今年、ある映像がSNSでバズった。東京ドームで開催された米大リーグ・ドジャースの開幕戦を伝えるニュースで、試合終了後に一ファンとしてインタビューを受けていた人物が戸田さんだったのだ。

 昨年、偶然見たある動画(2024年11月配信のYouTube「マムちゃんねる」)で、ゲストの戸田さんが「大谷翔平選手にハマっている」と明かし、野球のことはよく知らないながらも毎試合見ていると興奮気味に語っているのを聞いて、こういうふうに「好き」を原動力に世界を広げ、仕事にも情熱を傾けてきたのだろうと思ったことを覚えている。

 昭和11年生まれの戸田さんは、焼け野原になった東京を知る世代。外国映画の中の豊かで華やかな世界に憧れ、映画に魅せられたという。英語に興味を持ったのも、映画が好きだったから。そこで字幕翻訳者を目指し、40歳までアルバイトをしながら翻訳者デビューを待ったというエピソードは、翻訳者の間では有名だ。

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 筆者も子供の頃から外国映画が好きだったため、「外国語ができれば、字幕翻訳者になるという道も開けるのか」と、中高生の頃は戸田さんのインタビューが載った雑誌を勉強机の本棚の目立つところに置き、英語の宿題を片づけるモチベーションにしていた。

 たまたま、大学受験の頃は自分の中で中華圏映画のブームが来てしまったので中国語の道に進んだが、同世代の映画好きの女性は、戸田さんのキャリアや生き方に影響された人が少なくないだろう。

 時代が違うので、40歳まで結婚せず、定職に就かず、好きな仕事を目指し続けた戸田さんは、今以上に周囲から好奇の目で見られたと想像する。ご本人が気にしていたかどうかは別として。

 筆者も40代、未婚の字幕翻訳業であることは共通している。周りの同世代がどんどん結婚していっても、自分にとってそれが映画や仕事以上に関心を持てるものではなかったので、強がりでも何でもなく、まったく寂しくはなかった。

「休みがあったら何をしたい?」と聞かれれば、「見逃している映画をはしごする」と答える。「そんな生活、出会いがない」と散々言われてきたけれど、それより話題の映画との出会いを逃すほうが大問題なのだ。

ハリソン・フォードの通訳をする戸田奈津子 ©文藝春秋

 とにかく「映画が好き」を原動力に、仕事を続けてきた戸田さん。ハリウッドスターからの信頼も厚く、その交友関係の深さでも有名だが、人生の全てを映画に捧げているスターたちには、そんな映画愛が伝わるのかもしれない。

 独りで大好きな映画を観て、こつこつセリフを訳し、スターが来日した時だけ通訳するなんて、究極のオタ活&ソロ活が両立できる映画ファンには夢のような仕事だ。高い瞬発力やコミュニケーション能力が必要な通訳とは異なり、そもそも翻訳者は内向的で独りでこつこつ作業するのが苦にならない人に向いている。

 好きを入り口に世界を広げ、好きを武器に食べていく。誰もがかなえられる道ではないが、その生き方をブレずに貫いている戸田さんは、映画オタク、ソロ活女子を極めた存在であり、憧れであり続けるのではないだろうか。

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