「いや……心不全じゃないのかな」
不意打ちのような告知に驚いた田代は、動揺を打ち消そうとして必死に弁明した。
「そんなことないですよ! 僕めちゃめちゃ運動してますし、この前も普通に自転車漕いで心拍数150とかで動いてますから。心臓は全然悪くないですよ!」
「いやあ……」
と医師は納得しない。仕方なく一歩踏み込んだ。
「じゃあ、もし本当に心不全だったらどうなるんですか?」
「このまま帰すわけにはいかない。入院してもらわないと」
「いやいや、僕はもう東京に帰らなきゃいけないんで」
循環器系の医師が「これはもうダメです」
すぐには受け入れられなかった。すでに都内で検査の準備をしていると説明した上で、吸入器をもらってすぐに帰路に着いた。しかし、東京に戻る道中でも症状は解消されない。やっぱり心臓なんだろうか、と不安になる。杉本の病院に着くとすぐに検査が始まった。いろいろな先生が入れ替わり立ち替わりやってきて、検査室にはどんどん深刻な雰囲気が漂ってきた。やがて循環器系の医師が出てきて言った。
「これはもうダメです」
え? ダメ!?
「救急車呼ばないとダメです。心臓移……」
は? 心臓移植? よく聞き取れなかったが、田代は息苦しさ以上に、切羽詰まった周りの状況にビビり始めていた。先生たちが電話で病床の空いている別の病院を探している。あれよあれよと段取りが進んで、より設備の整った病院へと移ることになった。
「はい、ストレッチャー乗って! 自分で乗って!」
看護師に急かされ、自分で乗るってどういうことだよ、自分で乗れるなら大丈夫だろとつぶやきながら、救急車に乗り込んだ。澤田にも電話で連絡した。
「タシさん、どういうことすか!?」
「よくわかんないけどさ。心不全らしいんだよ」
「心不全て! 電話してていいんすか」
澤田が驚いていた。それはそうだ。田代もまだ現実が飲み込めずにいた。
確かにコロナが明けたぐらいの頃から、配送の仕事で階段を上るとやたらと息が上がるなと感じてはいた。「運動不足だな。なんとかしないと」と思い、心拍数を150まで上げて自転車を1時間漕いだり、ランニングマシンで歩いたりしていたのだ。それで強くなると思っていたが、むしろ逆効果だったのかもしれない。
病院に着くと「まずは水を出しましょう」と言われた。医師の説明によると下肢と肺の中に水が溜まっており、それが息苦しさに繋がっているということだった。利尿剤を飲んでどんどんおしっこを出す。どんどん出る。どれだけ出たのかをどデカい紙コップにとって量る。じゃんじゃか出た。
しかし、おかげでその日の夜はようやく普通に眠れた。田代は少し安心した。緊急入院にはなったものの、外科的な手術は一切必要なかった。最初に点滴を打っただけで、あとはひたすらおしっこを出す。それと食事に気をつけて塩分を控えるぐらい。それだけのことで1週間で10キロ近く体重が落ちた。
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続編では、無理がたたって入院した田代に元横綱の朝青龍が「やっぱこんなことになるんだね」と激怒。その理由が明かされる。
