横綱が怒っていた本当の理由は…
横綱は怒っていた。田代も反省していた。
元来、田代は慎重派であるはずだった。しかし、目の前のことを乗り越えるのに必死でいつの間にかアクセルを踏み込む一方になっていた。事故なんて起こさないよ、と気も大きくなっていた。食べすぎ、働きすぎ、無理な体での運動しすぎ。その結果、パンクしたのだ。
「何事も腹八分目だな。メシもそうだけど仕事も。海外に呼ばれれば明日にでもすぐ行きますぐらいの腰の軽さだったけど、それも考え直さないと。もうゆっくりゆっくり生活しよう」
と病室の天井を眺めながら考えた。
経過を見るために体重と血圧を毎日ノートに書き始めた。犬と一緒の朝の散歩と塩分制限。引退後は増え続ける一方だった体重は、日に日に下降線を描いて1カ月で17キロ落ちた。それでもまだ168キロあった。
普通に生活する分には支障がなくなり、2月には元大関・栃ノ心の引退相撲にも出席できた。朝青龍も来ていたが、まだ怒っていた。支度部屋で元横綱・鶴竜らを交えて雑談をしながら、その怒りは今度は田代の健康状態ではなく角界に向けられていた。
「野球界は1000億円稼ぐやつがいるのに角界はどうだ? 貧乏な親方ばかりで夢がないよ。伝統とか偉そうなことばかり言って、稼ぐ方法だったらもっといっぱいあるよ。どうだ鶴竜? 田代社長を見てみろ」
「あと10年もしたら大相撲なくなるよ」
その場にいるのはみんな元力士だったが、今も唯一相撲協会に残っているのが鶴竜だったので、彼がなぜか代表して怒られていた。
「あと10年もしたら大相撲なくなるよ。現役が500人くらいしかいないのに、辞めた力士の保障もできない。誰がそんなところに入るんだ」
朝青龍は息巻いていた。相撲を愛するがゆえに角界の未来を憂えていた。田代にもうなずけるところがあった。引退して間もない頃、不動産屋の審査で落とされ、希望する物件に入居できなかったことがあったからだ。健康面だけでなく、社会的にも、元お相撲さんの立場はかくも心許なかった。
