6月3日、読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏が死去した。長嶋氏といえば、プロ野球を国民的スポーツに押し上げるきっかけとなった昭和34年の天覧試合で放ったサヨナラホームランが有名だ。

この伝説的な試合について、長嶋氏はジャーナリスト鷲田康氏の書面インタビューに応じている。「文藝春秋」2022年8月号に掲載されたインタビューの一部を抜粋してお届けする。

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川上哲治と交わした会話

 近所に住むコーチの川上哲治の車に同乗させてもらって、後楽園球場に向かった。

 誰もが緊張していた。

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「昨夜はよく眠れたか?」

 車中で川上がこう問うた。

「何だか興奮してしまって」

 長嶋が答えると、川上は気を引き締め直すようにこう語ったという。

「君は興奮した方が打つからなあ。今日はいいゲームをお見せしたいものだな」

 自著「野球は人生そのものだ」の中で、長嶋は車中のこんな会話を明かしている。

選手時代の長嶋茂雄氏 ©文藝春秋

 ホームプレートを挟み1塁側に巨人、3塁側に阪神の監督、コーチ、選手が1列に並んだ。君が代の演奏の中を天皇、皇后両陛下が貴賓室に入場してきた。

「両陛下に敬礼!」

 球審の島秀之助の号令と共に脱帽した選手たちが礼をして、巨人ナインがグラウンドに散っていった。

 巨人は藤田元司、阪神は小山正明両エースの先発で、いよいよ歴史に残る天覧試合は始まった。

長嶋茂雄氏は“走攻守”に華のあるプレーで観客を魅了した ©文藝春秋

 長嶋の第1打席は2回。小山の内角シュートをとらえて三遊間を破る安打を放った。バットを変えて、ミートを心掛けた成果か、スランプを微塵も感じさせないような鋭いスイングだった。3回には阪神が小山自らのタイムリー安打で1点を先行したが、5回に長嶋のバットが一閃した。

 1ボール1ストライクからのインローのシュートをとらえた打球は、ライナーで左翼席へと突き刺さる同点本塁打となった。さらに続く坂崎一彦の2者連続本塁打も飛び出し巨人が逆転に成功する。

自身の野球人生を振り返る長嶋茂雄氏 ©文藝春秋

 一方、6回には阪神も主砲・藤本勝巳の3ランなどで再逆転。7回の長嶋の第3打席はハーフスイングを取られて空振り三振に倒れたが、続く坂崎が中前安打で出塁。するとプロ1年目で投手から打者に転向したばかりの19歳、王貞治が殊勲の同点2ランを右翼スタンドへと打ち込んだのである。これがその後、106回を数えた「ONアベックホーマー」の記念すべき1回目となった。