国語の偏差値を45から70までアップさせた方法とは?
――塾に通ったりは?
YUYU ほとんどの教科は母が教えてくれたのですが、国語だけは私が苦手すぎて母の手にも負えなかったようで、高校生の頃に国語専門の塾に通っていました。
その塾がまた、ちょっと変わっているところで。その日に出された課題が終わるまで、帰宅できないんですよ。自宅と塾の間は運転手さんが送迎するから、逃げ場もないんです(笑)。とても辛かったのですが、そのおかげで半年で国語の偏差値が45から70まで上がりました。
母の熱意で、勉強に屈服
――すごい! でもどうして、お母さんはそこまでしてYUYUさんに勉強してほしかったのでしょうか?
YUYU 母は勉強が趣味みたいな人だったから、兄や私にもその楽しさを知ってほしかったのかもしれません。あとは、母からはよく「良い大学に入って、良い企業に就職することが人生の成功だ」と言われていました。
父はそれに反論するように、「それだけが幸せじゃないよ」と言っていましたが、長年その価値観で暮らしてきた母にはなかなか理解できなかったようです。
勉強をさせたい母と勉強が苦手な私はよくぶつかっていましたね。「もう勉強なんてやりたくない!」と言ったときには、怒った母に椅子に縛り付けられたこともあります。そのときに、母の熱意には敵わないと諦めて、勉強に関しては反抗しなくなりました(笑)。
「お金のために仕事をするな」両親からの厳しい金融教育
――マナーや勉強以外にも、ご両親からはどんなことを学んだのでしょうか?
YUYU 「お金」に関しては、幼い頃から厳しく教え込まれました。「お金のために仕事をするな」とか、「自分の欲望のままにお金を使うのではなく、人が喜ぶことに使いなさい」とずっと言われていましたね。お金を使う練習も、両親と一緒にやっていました。
――具体的にどのような練習をしていたのですか。
YUYU 例えば、うちの両親は子どもたちにただお小遣いを渡すのではなく、家の中のお仕事をしたら、その分の報酬を渡すんです。植物に水をあげたら10円、お風呂を洗ったら100円、とか。
そのお金をその場でもらうのではなく、しばらく両親に預けていると、期間に応じて利子がつくんです。そうやって貯めたお金で、ほしいおもちゃを買う、というような練習をしていました。
あとは、「どんな相手にもお金は貸してはいけない。お金は返ってこずに、縁が切れるだけ。もし返ってきたとしても、その後の関係がこじれてしまう」ということも、小さい頃から厳しく教えられていました。

