クローゼットから見つかった「女性からの手紙の束」

 詩織と久保田さんは同じ大学に在学していたころからの恋人同士だった。しかし、その交際は順調とはいえない面もあった。詩織はとにかく、感情の起伏が激しい一面があった。加えて、自分の理想通りに久保田さんが動いてくれなかったり反応してくれないと、時に刃物を持ち出したという。

 ただ5年の交際期間で久保田さんはある意味、詩織の扱いを心得ていた面があった。詩織が怒り出しても、刃物を持ち出しても、久保田さんは割と冷静に対応していた。そもそも詩織にしても、刃物を持ち出すのは本気で傷つけてやるとか、自傷するとかそういうことではなかったとみえ、お互い冷静になるのを待って仲直りする、といった関係だった。

 昭和60年の10月、詩織は久保田さんの部屋のクローゼットに、なにやら怪しげなものが押し込められているのに気付く。それは、明らかにプレゼントと思しきクッションと、女性からの手紙の束だった。実は久保田さんには、詩織との交際期間中かそれより前なのかはわからないものの、親密な関係の女性がいた。

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写真はイメージ ©getty

 詩織は激怒し、また、自分だけに久保田さんの心が向いていないと感じて、いつものように包丁を持ち出して久保田さんに迫った。このときは久保田さんに宥められ、特に大きな騒ぎになることはなかったという。

 詩織の激情に久保田さんは呆れながらも、交際を始めてすでに5年が経過していた。

入れ墨

 事件当日、ふたりは年末の買い出しに一緒に出掛けた後、久保田さんのマンションでセックスしていた。

 ふとそのとき、詩織は久保田さんの腰部分にある「入れ墨」を見た。久保田さんの腰には、漢字で一文字「章」と彫られていた。それ自体は、詩織も以前から知っているものだったが、その「章」という字が何を意味するのかは知らなかったし、特に気にもしていなかった。

 しかしこの日、不意に、そして確信的にその文字が意味することに気付いてしまった。あの、久保田さんと親密だった女。その女の名前が「章美」だったのだ。愕然としながらも詩織は久保田さんを撥ね除けると、その入れ墨について問い詰めた。

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