27歳の女性が、交際歴5年の彼氏を殺害した事件。男性は最後まで救急車を呼ばず、東京都武蔵野市吉祥寺の路上でうずくまってのには「深い理由」があった…。昭和60年に起きた悲しい事件の顛末を、事件サイト『事件備忘録』を運営する事件備忘録@中の人の新刊『好きだったあなた 殺すしかなかった私』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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「あんたみたいな人、死んじゃえばいい!」

 久保田さんはうんざりしたような、ばつが悪そうな顔をしたものの、愛しているのは詩織であり、すでに終わったことだというような話をした。

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 しかし怒りが収まらない詩織は、ボールペンからコップから、手当たり次第に物を投げつけ始め、あげく、電気炊飯ジャーまで久保田さんに投げつけた。さすがに久保田さんも苛立ったようで、「消せばいいんだろ!?」と言って、剃刀で入れ墨部分を削るような仕草をし始めた。

 その態度は詩織にとって、「そういうことを言ってるんじゃないのに!」とどこか突き放されたような感情があふれるだけで、冷静になるどころか、自己嫌悪や寂しさだけが込み上げてきた。こうなると、次の行動はいつも同じ。詩織は台所から刃物を持ち出すと、背を向けて入れ墨部分を削っている久保田さんの右肩を軽く突くような仕草をした。ただ、そのとき持っていたのは菜切り包丁であり、久保田さんに傷をつけるような行為とは言えなかった。

「またか」と久保田さんは冷静に包丁を取り上げると、ついでに台所にある包丁を、別の部屋にある整理ダンスの隙間に放り入れた。そして、詩織を抱き寄せるとセックスを再開させようとした。仲直りのつもりだったのだろう、しかし自己嫌悪のどん底にいた詩織は、そんな久保田さんにもっと確実で鮮烈な愛情表現を求めてしまい、セックスでごまかそうとしていると思ってしまった。

「あんたみたいな人、死んじゃえばいい!」

 つい、口調も荒くなった。

 久保田さんはその言葉を聞いて体を離すと、無言で洗面所に入り、鍵をかけてしまった。詩織はどんどん悪い状況へ転がっていくこの場を、どうすることもできず、かといって素直に謝ることもできず、焦りと孤愁の思いだけが募っていた。