いつのまにか、自分の未来まで背負わせていた
ランナーがいる場面で打てない打てないと言われ続けていた。初球の甘いストライクを見逃し、2球目のどボールをファールして簡単に追い込まれる場面は何度も見た。去年のCS、ファイナルステージ最終戦。ノーアウトランナーなし、代打で白崎は登場した。空振り三振だった。あのときの、バットを静かに地面に打ち付けてうつむいていた白崎がずっと頭から離れない。歓喜の輪の中で、少しだけくちびるをかんでいた白崎が。試合には勝ったけど、白崎は勝てなかったんだと、私はそのとき思った。
私は何と戦っているんだろうと、たまに思うことがある。売れていく同業者に悪態をつき、何もしない自分を守っている。やればできるんだと、何の根拠もなく信じて、でも信じきれないから、何もできなかった。この時点で私と白崎は全然違うのに、いつのまにか、私は白崎に自分の未来まで背負わせていた。
あのとき、白崎はどんなことを考えていたんだろう
白崎はそんな私に引導を渡す。去年の日本シリーズ、2勝3敗、負ければ終わりの試合でDHに入った白崎を私は固唾をのんで見守っていた。怖いだろうな、緊張するだろうな、欲しかったチャンスが、シーズン一番大事な試合でのスタメンなんて、私なら逃げ出してしまう。5回の先頭打者としてバッターボックスに立った白崎は、いつもより大きく見えた気がした。白崎って大きいんだな、知ってたけど知らなかった。そんな一瞬の心の隙を、となりで見ていた長男の「甘い!!」というつぶやきが遮る。東浜のスライダーは白崎のバットに吸い寄せられ、ボールは虹のような放物線を描きながらレフトスタンドに消えた。
あのときダイヤモンドをゆっくりと回りながら、白崎はどんなことを考えていたんだろう。あのとき私は泣きながら、白崎はもう、いろんなことを言い訳にして何もしようとしない私の、身勝手な夢を背負わせる人ではないと感じていた。立派な、類まれな選手であることを白崎は1本のソロホームランで私に知らしめた。白崎は次の段階に行く。ベイスターズは日本シリーズの栄冠をつかむことはできなかったけど、白崎は勝った。そう思った。
母ねこの陰に隠れて、ぷるぷる震えていた白いこねこ。人間の都合で家族から引き離されて、でもたくましく成長して、やがてうちになくてはならない存在となった白崎。7月9日、私は泣いていた。座り込んで、子どもみたいに泣いていた。そのまわりを心配そうにうろうろとまわって、ねこは私の足をぺろっとなめた。エサをねだっているんだろうが、私はやっぱりまた泣いてしまった。
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