内田 売れませんか?

 売れないのが当たり前なの。売れなくても、思いついたものが具現化して残っていくことが楽しいんだよね。だって世の中は面白いことに溢れているんだもん。「つまらない」と言っている人は、自分自身がつまらないだけで。

内田 面白いことを見つけ損ねているんでしょうか。

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 見つけ損ねているというか、流しちゃうんでしょうね。でも私は引っかかる。逆に、つまらないということにも引っかかる。

 例えば、誰が撮ってもキレイに撮れるカメラに引っかかる。どんなにいいカットが撮れたところでそれは機械の性能がいいのであって、撮った人の腕が評価されるわけではない。私は機械が優れているより、使う人が優れているという文化のほうが素敵なんじゃないのと思うわけ。だから私にとっては、一瞬を撮り逃すカメラのほうが評価が高い。そんなカメラでいいカットが撮れてこそ、楽しいというものです。

 フェラーリだって、車が評価されるだけで、運転している人が評価されるわけではない。「私だから」というものでないとつまらない。だからフェラーリも自分でカスタマイズしちゃうんです。エンブレムも外しちゃう。上・下関係にして言うと、私の下にモノがあるんですね。

 

朝5時半にケトルを直してピカピカに磨いて…

内田 モノとのかかわりにおける所さんの哲学ですね。目からウロコ、素晴らしいです。人とのかかわりにおいてはいかがですか?

 あ、逆かもしれない。人に対しては必ず自分を下に置きますね。家族に対してももちろんそうであって、家族の下に私がいる。私はただ、家族の役に立ちたいだけです。

内田 それは所さんの愛なんですか?

 愛じゃないの。私はどうせ死ぬじゃない。死んだ後に褒め称えられたいだけなの。「あんないい奴はいなかった」って。

 例えば、ケトルの取っ手が取れそうになったので直したこと。昨日の朝5時半に起きてキッチンに行ったら、その取っ手がまたグラグラしていた。だからピアノ線をグルグル巻いて、鉄用のパテで留めて、事のついでだからピカピカに磨いて、今度はピカピカにする溶剤の臭いが残ったから中性洗剤でゴシゴシ洗った。

内田 それを朝5時半にやるとはねえ。

 そういうことです。あれ! お母さんに声も言い方もそっくり! 今、気がついた。わあ、そっくりだ(笑)。

内田 え、今ですか。そんな急に?(笑)

 初対面なのに、どこか覚えがある気がしていたんだけど、そうだ、樹木希林さんの声だ。

内田 で、きれいなケトルを見てご家族は褒めてくれました?

 それが誰も気づかないの。だから「今朝、オレはこれをやったけど、どうよ」って言うじゃない。そうすると「ああ、また自慢し始めた」ってみんなが呆れるのよ。なかなか褒められないから、また何かやらなくちゃいけないの。

内田 そういえば、父の内田裕也もたまーに帰ってきては「オレをもっとおだてろ」と言っていました。

 (爆笑)。たまーにしか帰ってこないお父さんはおだてづらいよね。だったら毎日帰ってこいよって。