「嵐」の二宮和也(42)が異例の著書『独断と偏見』を刊行した。ここには、故・ジャニー喜多川氏に「謝ってもらいたい」ときっぱり言い切る二宮の姿があった。「最近嬉しかったことは『松本潤の独立』」と明かした二宮は、旧ジャニーズ事務所をいち早く退所、独立している。そのウラにあった“戦略”とは。(全2回の2回目/前編から続く

二宮和也 ©文藝春秋

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二宮のワガママにさえ見える策士ぶり

 1996年6月。13歳の誕生日前日に母親からの「5000円あげるから」という言葉に釣られてオーディションに参加し、ジャニーズ事務所に入った二宮。順調にアイドルとして、そして俳優として成長し、ホノルル沖のクルーズ船上で「嵐」のデビュー会見を行ったのは1999年9月のことだった。

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 嵐は瞬く間に超人気グループとなり、さらに役者として頭角を現した二宮が出演した映画『硫黄島からの手紙』(2006年公開)はアカデミー賞4部門にノミネートされ、その後の二宮の俳優人生では主役の座を保障するものとなった。

「一方で、彼のワガママにさえ見える策士っぷりは目立ちます。例えば嵐のなかでのいち早い結婚。2019年11月に結婚した相手はフリーアナウンサーでした。3つ年上で、彼女が30代のうちの入籍そして妊活を考えると、ファン離れのリスクを冒しても急ぎたかったんです。『嵐メンバーとして、2020年いっぱいでのグループ活動休止を待ってから結婚する』という“暗黙の了解”を待っていられなかったのが二宮です」(芸能デスク)

嵐 ©文藝春秋

 ジャニーズ事務所からの独立のタイミングにも、その戦略は垣間見えた。今回の新書では、ジャニーズを辞めると決め通告して、2週間足らずで辞めたことを述べている。異例のことだ。