今も鮮明に覚えている。あれは2016年のクリスマスイブが迫っていた日のことだった。私の3人の息子たち(当時、小学校5年生、3年生、1年生)はサンタクロースへのクリスマスプレゼントになにを頼もうかまだ悩んでいた。3人で協議に協議を重ね、出された結論は「3人で一つのものを頼もう」ということだった。そして自宅のクリスマスツリーにサンタさんへの手紙が置かれた。それを読んだ私は少し考えた。書かれていたのは「漫画 ワンピースの全巻が欲しい」との内容だった。結構、沢山出ているような気がした。調べると83巻(2016年末時点)。1冊400円+税と考えて83冊となるとなかなかのいい金額である。古本屋でまとめて買うという選択肢も考えた。しかし83冊を持ち帰るのも大変だなあなどと色々と考えているうちに時間だけが刻一刻と迫っていった。
そろそろ準備をしないとマズイとなったある日。選手ロッカーに顔を出すと自主トレで訪れていた藤岡貴裕投手の姿があった。お互い子供を持つもの同士。自然とクリスマスプレゼントの話題となった。「ワンピース83冊はキツイよねえ。どうしようかな。別のものでごまかせないかなあ」と愚痴をこぼすと彼は笑顔で応えてくれた
「ボク、全巻持っていますからプレゼントしますよ。ずっと集めていたけど、なんだかんだ言って読み返しもしていないし、大丈夫ですよ」
なんという奇跡だろうか。その瞬間、藤岡貴裕選手の顔がサンタクロースに見えたのは言うまでもない。申し訳ないと思いながら、「読まないから大丈夫です」という暖かい言葉に甘えさせてもらうことにした。これで一安心。しかも買わずに手に入るという夢のような流れとなった。
クリスマス直前に急性胃腸炎に…
ただ、世の中はそんなに甘くないと痛感させられる出来事が発生した。クリスマスイブの前日。彼が急性胃腸炎を患い、寝込んでいるという情報が関係者から私の耳に飛び込んできた。自宅まで取りに伺うという選択肢もあるが病気に苦しんでいる人の元に漫画をもらいに行くのはあまりにも非常識だと感じた。では後日、もらうのはどうか。しかし、クリスマスプレゼントが後日届くというのは待っている子供たちの想いとしてはどうなのだろう。なぜサンタさんはプレゼントを届けるのが遅れたと説明すればいいのだろうか。さすがに急性胃腸炎と説明するわけにもいかない。色々な事が頭を巡った。本人に電話で相談をしてみようとも思ったが、厚かましくて出来るはずがない。とにかく藤岡選手にもらうという選択肢は消そうと決めた。当日になってしまうがクリスマスイブの日の仕事帰りに書店で買って帰ることにした。
12月24日。会社に出勤をして広報業務をこなしていると携帯電話が鳴った。藤岡選手からだった。「漫画、持ってきましたよ。今、どこですか? ロッカーにいますよ」との事だ。言葉を失った。病気は快方に向かっていたとはいえ、あの日の約束を覚えてくれていて、わざわざ自宅から車を走らせ仕事場まで来てくれたことに驚いた。会うと少しやつれた表情で、しかしニコリと笑って段ボール一杯に入った83冊のワンピースを渡してくれた。
「子供たちが楽しみにしているんですよね。明日、朝起きて喜んでくれるといいですね」
寝込みながらもずっと私との約束を考えてくれていたのだ。いや正確にいうと私との約束ではなく子供たちの事を考えてくれていた。だから状態が回復に向かうと自宅の本棚にあったワンピースをまとめて球場まで持ってきてくれた。ただ、ただ感謝した。そしてその夜。子供たちが寝静まったのを確認すると、リビングの机の上に83冊のワンピースを並べた。なかなか壮観な景色だった。朝、起きてきた子供たちが大喜びをして、読み漁ったのは言うまでもない。