「何かピアノ弾いてよ!」と頼まれて……
『あ、リョウ!』げんなりしている私に、ジャックが目を輝かせる。『そういえば、この家にはピアノがあるんだよ!』
私は中学生になるまでピアノを習っており、その情報は会話の種としてウィリアムズ家に提供していた。ウィリアムズ家にはピアノがなく、みんな『リョウのピアノ聞きたかったよ』と残念がってくれていたのだ。
『なに、リョウはピアノが弾けるの!?』
『いいね、何か弾いてもらおう!』
ブライアンだかジムだかが、私をピアノがある場所まで導いてくれる。実は、当時の私はピアノの腕にはそこそこ自信があった。ここで取り返そう、という思いで、導かれるままに私は歩いた。
連れていかれた部屋には、ご立派なピアノがでんと鎮座していた。『さあリョウ、何でもいいから弾いてよ!』親戚中に私をもっと紹介したいのか、ジャックの目はきらきら輝いている。
いざ椅子に座り、期待に満ちた目に囲まれたとき、私ははたと我に返った。今ここで弾けるような、楽譜なしで弾ける曲って何だろう。さらにこの空気感からすると、一節だけでなく、それなりの長さを弾き切ることを望まれている――私は焦った。今思えば、「エリーゼのために」でも「トルコ行進曲」でも、とにかく世界的に有名な曲ならば何でもよかったはずだ。だが、楽譜なしで割と長めに弾ける曲、楽譜なしで割と長めに弾ける曲、と混乱状態に陥った私は、当時もっとも弾き慣れていた曲を弾き始めてしまった。
垂井町立不破中学校の校歌である。
死にたい――弾き始めてすぐ、私はそう思った。ホームパーティを楽しんでいた場が、突然、全校集会が行われる体育館のように見えてくる。先ほどタルイタウン・イン・世界地図という失敗を犯したというのに、その小さなタルイタウンの中にある小さな中学校の校歌を披露するなんて私は何を考えていたのだろうか。しかも、伴奏だ。和音を繰り返すばかりで、特にメロディラインがあるわけではない。
いつサビが来るのかな? いつ私たちの知っているメロディが来るのかな? みたいな顔をしていた一同は、『終わり』弾き終わった私に混乱の拍手を浴びせた。ブライアンだかジムだかが『うまいね!』みたいに言ってくれたが、私はこの異国の豪邸に垂井町立不破中学校の校歌が流れたという歪んだ事実に薄ら笑いを浮かべてしまっていた。