直木賞作家・朝井リョウさんによるエッセイシリーズ“ゆとり三部作”。

時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』から構成される本シリーズは「頭を空っぽにして読めるエッセイ」として話題を呼び、累計30万部を突破しています。

朝井リョウさんのエッセイシリーズ“ゆとり三部作”。©文藝春秋

『そして誰もゆとらなくなった』文庫版の発売を記念して、朝井さんが「読み始めに最適な一本」を各巻からそれぞれセレクトして公開します。

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 第2弾『風と共にゆとりぬ』からは、「初めてのホームステイ」が選ばれました。朝井さんがウェブ用に加筆修正した「ウェブ転載版」の後編です。以下、朝井さんのコメントです。

「Web公開に不適切だと判断した箇所はカットしております。昔の文章を読み返す作業、本当に怖いです。」

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和気あいあいとしたホームパーティーへ

 そんなウィリアムズ家は、最後の日が近づいてきたある日、親戚中が集まるらしきホームパーティに私を連れて行ってくれた。『楽しい人がいっぱいだし、おいしい料理もたくさんよ!』だかなんだか、魔法のような誘い文句は大変甘美に響いた。

 着いた家はウィリアムズ家のそれと負けず劣らずの豪邸で、中にはすでにたくさんの人がいた。ジャックは『おじさんのポールだよ』『おじいちゃんのデヴィット、おばあちゃんのセリーヌ』『いとこのブライアンとジム』というように次々と私に紹介してくれたが案の定全く覚えられず、私は『リョウです、リョウでーす』とバカの一つ覚えみたいに繰り返していた。

 やがて私がウィリアムズ家にホームステイをしているという情報がホームパーティの参加者中に知れ渡り、いつしか私は話題の中心に祭り上げられていた。それはありがたいことなのだが、パーティということでみんなテンションが上がっており、かなり早口になっている。私は周囲の人々の発言をどうにか聞き取ることで精いっぱいの状態だった。

 そんなとき、ポールだがデヴィットだかが大きな書物を持って私のほうに近づいてきた。ポールだがデヴィットだがはその書物をぱらぱらめくりながら、私に訊いた。

『リョウはどこから来たの?!』

 それはさすがに聞き取ることができた。えーっと、日本から来てるってことは知ってるはずだからどうやって答えようかなと返事を思案する私の目の前に、ポールだかデヴィットだかが手にしていた書物をバンと広げる。

 それが世界地図だと認識したのと、私が『タルイタウン』という誤答を引き当ててしまったのは、ほぼ同時だった。

『タルイタウン?』

『この地図で言うとどこ?』

 私がタルイタウンから来たという情報は瞬く間に広がっていく。やばい。私は小指の爪で世界地図の一角を指しながら、『ここ、ここ』と必死に人口三万人以下のタルイタウンを世界都市カルガリーの人たちに向けて示した。

『トウキョウに近いんだね』

『すごいね!』

 タルイタウンに関する間違った情報がどんどん広がっていく。『ノーノー、ここ、ここ』私はどうにかして世界地図をベースにタルイタウンの正確な位置を伝えようとしたが、その試みは失敗に終わった。諦めた私は、東京都民には無許可で、トウキョウの近くにあるタルイタウンから来た、ということで手を打つことにした。