n-buna そうですね。基音だけがはっきりした、倍音が少ない声を出せるんだろうなって。たとえばシンセサイザーのように、すーっと通る音なのかなと考えながら読んでいました。

 あ、でも、逆なのかなあ? 風の音がとても重要ですよね?

小川 リリカは風に歌を習った、というくらいですからね。

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n-buna 風で木々が騒めく音などは基本的には高周波なので、高周波の音をたっぷり含ませた柔らかなウィスパーボイスという可能性も出てきます。難しいですね……。

なぜsuisをヴォーカルに指名したのか

小川 小説を書いているときには、倍音や周波数のことを一度も考えなかったので、とても新鮮です。

 声というと、初めてsuisさんの声を聴いたときに「この人だ!」とすぐに決心が着いたそうですが、何が決め手だったんですか?

n-buna 初めて音源を録ったとき、それこそ仮歌を入れてもらったわけですが、この曲にはこの人しか合わないと感じる瞬間があったんです。

小川 その曲を作っている最中には、声のイメージは何かあるんですか?

n-buna それはないんですが、完成形はだいたい想像できています。ヴォーカルという一要素だけが抜けていて、僕の仮歌は入っているけれど、画竜点睛には至っていない。最後、suisさんの歌のデータが届くと、ダルマに目が入ったという感覚になります。

小川 何回作ってもそうですか?

n-buna はい。もう七、八年やっていますが、自分の表現を超える表現があった、自分の歌がsuisさんを超えられていなかった、と思わされる瞬間がずっとある。それは劣等感でもあるけど、だからこそ、ヨルシカが続いているんだとも思います。

 でも、リリカの場合は、歌うことの中心にあるのが、創作的な原動力ではないですよね。そこが、仮歌の人間として決定的に異なるなあと思います。彼女は仕事として求められた歌を歌うだけですが、僕はいつも超えられてしまった失意のままに反省をするんで(笑)。

文学に支えられて生きてきた

音楽画集『幻燈』(絵:加藤隆)

小川 聴ける画集となっている『幻燈』で、ヨルシカさんは『雪国』とか『万葉集』とか『月に吠える』とか、先人たちの偉大な遺産を出発点にした音楽もつくっていらっしゃって、これもまた面白いんですよね。